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    読売新聞の読書委員らによる書評のコーナーです。
    評・塚谷裕一(植物学者・東京大教授)

    『モーツァルトのムクドリ』 ライアンダ・リン・ハウプト著

    愛すべき嫌われ者

     風変わりなテーマ設定の本である。

     主題は欧州原産のホシムクドリ。一八九〇年、セントラルパークから放鳥された後、驚異的な繁殖能力を発揮。瞬く間に米国中に広がり、いわゆる侵略的外来種となって、愛鳥家ですら絶滅を願うほど米国で嫌われている鳥だ。

     しかし原産地の欧州では、ふつうの鳥だ。古く、モーツァルトがペットにしていたほどである。しかも、そのきっかけが変わっている。まだ公に演奏したことのない新作のフレーズを歌っているのをモーツァルトが聞きつけ、小鳥屋から購入したという逸話である。著者はこの話をきっかけに、ホシムクドリの飼育を決意する。

     そうした背景を持つ本だけに、ふつうのナチュラリスト本とはかなりトーンが違う。著者は相反する感情をホシムクドリに示す。生態学的にみて、米国から一掃すべきという意見に著者自身、全く異論がない。しかし手元で幼鳥から育ててきた個体「カーメン」は、愛さずにいられない。加えて、本書は鳥のことばかりを語るにとどまらず、ホシムクドリと暮らしたモーツァルトその人についても語ることで、重層的な構造となっている。

     それにしても、著者が描くホシムクドリの行動の面白いこと! 特に、身の回りのさまざまな音をそっくりにまねて再現する習性は、とても興味深い。その点、特筆すべきは、一七八七年にモーツァルトが完成した『音楽の冗談』についての説である。これについてはいくつかの解釈がある一方で、曲そのものとしての評価はあまり高くないのが一般だ。しかし著者をはじめホシムクドリの研究者の意見では、これはホシムクドリのさえずりそのものらしい。様々な物まねをフレーズとして混ぜつつ歌う、独特の習性を再現した曲とのことだ。

     かように本書はクラシックファンでも、またナチュラリストでも楽しめる内容となっている。ユニークな著作である。宇丹貴代実訳。

     ◇Lyanda Lynn Haupt=米国のナチュラリスト、作家、エコ哲学者。カラスなどをテーマにした著作も。

     青土社 2000円

    2018年10月29日 05時26分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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