評・加藤 徹(中国文化学者・明治大教授)

『鳥居強右衛門 語り継がれる武士の魂』 金子拓著

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「鳥居強右衛門」(9日、本社内で)=西孝高撮影
「鳥居強右衛門」(9日、本社内で)=西孝高撮影

変貌し続けるイメージ

 戦国時代の話。長篠城は武田勝頼の大軍に包囲された。城内から一人の使者が脱出に成功、徳川家康と織田信長に援軍を要請した。使者は仲間が籠もる長篠城に駆け戻った。今度は武田軍に捕まった。武田側は使者に、援軍は来ないので諦めて開城せよと言え、召し抱えてやる、と提案した。使者は承諾した。いざ城の前に出されると、彼は仲間に向かい、援軍は来る、と叫んだ。彼は惨殺されたが、長篠城は持ちこたえた。

 この使者の名は鳥居すね右衛もん。彼の死に様に武士の義を感じた落合左平次は、戦場で身につける背旗せばたに、鳥居の姿を描かせた。ふんどし一丁で磔柱はりつけばしらにくくりつけられた生々しい絵図だ。

 鳥居の壮烈な最期は、江戸時代の書物や、錦絵や歌舞伎、明治の国定教科書、吉川英治の小説、内田吐夢監督の映画などでも取り上げられた。戦時中の新聞は、インパール作戦で鳥居と同様の死を遂げた兵士のニュースを伝えた。戦後、国民の大半は鳥居を忘れたが、磔にされた赤裸の戦国武士という強烈なアイコン性ゆえ、今も一部「界隈かいわい」では有名人である。

 実は、鳥居の実像は謎が多い。伝承や史料も異説だらけだ。東大史料編纂へんさん所准教授である著者は、共同研究を行い、史料の山を整理し、異説を解きほぐし、真相を探求する。

 磔の話は、最初期の史料には見えない。背旗の絵図とは違う「鑓磔やりはりつけ説」もある。多数の鑓で刺し上げられた、二本の鑓で刺された、鑓磔にされた鳥居を城内の仲間が鉄砲でとどめを刺した、など異説も多い。一時期は「逆さ磔説」もあった。背旗に描かれた鳥居の側頭部の毛や脇毛は逆立っている。国立歴史民俗博物館は、背旗の複製を上下逆に制作した。現代美術作家の村上隆氏も、みずから逆さ磔姿の鳥居にふんした。

 鳥居強右衛門のイメージは、語り継がれる過程でふくらみ、今も変貌へんぼうし続けている。「歴史」のいかがわしさとダイナミズム、学者の仕事の緻密ちみつさと面白さを堪能できる本だ。

 ◇かねこ・ひらく=1967年生まれ。東京大史料編纂所准教授。専門は中世史。著書に『織田信長権力論』など。

 平凡社 1800円

無断転載禁止
50460 0 書評 2018/11/26 05:23:00 2018/11/26 05:23:00 「鳥居強右衛門」(9日、本社内で)=西孝高撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/01/20181119-OYT8I50033-T.jpg?type=thumbnail

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