評・鈴木洋仁(社会学者・東洋大研究助手)

『社会学はどこから来てどこへ行くのか』 岸政彦、北田暁大、筒井淳也、稲葉振一郎著

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「社会学はどこから来てどこへ行くのか」 (21日、東京都千代田区で)=若杉和希撮影
「社会学はどこから来てどこへ行くのか」 (21日、東京都千代田区で)=若杉和希撮影

人と話の学問の魅力

 社会学者四人の対談を集めた本書。社会学の魅力は、「人」と「話」だと教えてくれる。

 社会学は「何でもあり」と思われがちだ。政治学や経済学なら、それぞれジャンルは明確だが、社会学の扱う社会は学問の対象として曖昧で大きすぎる。格差も差別も若者も、どれも社会の一部でありつつ全てを現しているように見える。

 だから、まずは「人」が鍵になる。社会学者が書いたものを読んで憧れるところから始まる。社会学者自ら「社会学ってなんだろう」と悩む姿にかれる。答えを知っている先生が教えるのではなく、同じ「人」として共に手さぐりを続けるのが社会学の魅力だ。

 たとえば、岸政彦は「どんな人でも一生懸命生きている」ことを描く。あるいは、筒井淳也は別の社会学者をきっかけに政治哲学者のロールズを読み、理論背景の強い社会調査を進める。聞き取りを用いる岸と、統計を分析する筒井は扱う対象も方法も異なる。彼らは、社会学者という「人」として互いに認め合う。それは、「話」によって可能になる。

 本書が、論文集ではなく、対談集なのは、その意味で必然だ。「話」を成り立たせようとして、細かい差をわかろうとするプロセスが社会学にほかならない。稲葉振一郎は、社会学だけでなく他の社会科学、さらには自然科学にも通じる事例と法則性との関係を指摘する。それは、他の学問との「話」をつなげる姿勢であり、また、北田暁大がこだわる「理解」と響きあう。

 「人」として「話」すことは、社会の中では当たり前に見えるが、いつも難しい。どこにも正解はなく、「理解」と「解釈」を繰り返すしかない。そんな難しさと楽しさの間を、社会学者たちは駆けまわる。

 本書は、自由な「話」の積み重ねにより、いくつもの異論を誘う。通読より小見出しを頼りに拾い読みして楽しめる格好の入門書だ。

 ◇きし・まさひこ=立命館大教授

 ◇きただ・あきひろ=東大教授

 ◇つつい・じゅんや=立命館大教授

 ◇いなば・しんいちろう=明治学院大教授。

 有斐閣 2200円

59990 0 書評 2019/01/14 05:24:00 2019/01/14 05:24:00 「社会学はどこから来てどこへ行くのか」 (21日、東京都千代田区で)=若杉和希撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/01/20190107-OYT8I50007-T.jpg?type=thumbnail

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