約束された移動…小川洋子著 河出書房新社 1500円

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内緒話が織りなす物語

 評・栩木伸明(アイルランド文学者 早稲田大教授)

◇おがわ・ようこ=1962年、岡山県生まれ。作家。『博士の愛した数式』で読売文学賞、本屋大賞。
◇おがわ・ようこ=1962年、岡山県生まれ。作家。『博士の愛した数式』で読売文学賞、本屋大賞。

 どんな人にも秘密はある。本書に収められた短編小説が語るのは六つの内緒話だ。

 表題作はホテルの客室係が語る。彼女が担当する「ロイヤルスイート」にはハリウッド俳優Bがときおり泊まりに来る。Bはチェックアウトのさい、室内の備品である1000冊を超える蔵書から1冊を必ず盗んでいく。

 彼女はどの本が失われたかを毎回つきとめ、後追いの読書を続ける。ひそかに共有された読書体験が明らかにするのは、ガルシア=マルケスやコンラッドやサン=テグジュペリの本が異口同音に、「誰かがどこかへ移動してゆくお話」を語っているという事実。

 客室係は、チェックアウトした宿泊客の痕跡と出会い、毎日室内を新たにしつらえるのが仕事である。不在と向き合い、小世界を再構築するその行為は、本を読み継ぎ、それらの主題に連鎖を見出みいだそうとすることに一脈通じている。ふと気がつくと、内緒話はぼくたちの胸の深いところまで届いている。

 村のナイトクラブに出演する人気歌手のことなら「何でも知っている」と密かに胸を張るのは「黒子羊はどこへ」に登場する託児所の園長。「巨人の接待」は、ヨーロッパから来日した文学的「巨人」と、その通訳を頼まれた「若造」との間に生まれる、暗黙の了解をめぐる物語だ。

 「ダイアナとバーバラ」の主人公は、ダイアナ妃の生前の写真から服やドレスを再現し、縫い上げたものを自ら着て歩く老女。「バーバラ」と名乗る彼女は日本人だが、自らをこっそり、英国の人気作家でダイアナ妃の義理の祖母、バーバラ・カートランドになぞらえて暮らしている。もろい作りごとをまとって生きる姿は傍目はためにはグロテスクにしか見えない。だが彼女の生きる力は思いの外したたかで頼もしい。

 その力の源はどこにあるのか。おそらくは、内緒話を温め、ときに小声で語り、耳を傾けることが、人間存在の根幹を支えているのだ。

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996299 0 書評 2020/01/12 05:00:00 2020/01/20 10:52:59 (20日、読売新聞東京本社で)=萩本朋子撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/01/20200111-OYT8I50039-T.jpg?type=thumbnail

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