想像する景色が一変する小説を~「夜の道標」・芦沢央さんインタビュー

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 読売新聞オンラインで小説「夜の道標どうひょう」の連載が始まり、作者・芦沢ようさんが読売新聞のインタビューに応じました。『火のないところに煙は』『汚れた手をそこで拭かない』などのミステリーを生み出してきた気鋭の作家が挑む、本格的な長編小説です。竜王戦の観戦記など将棋の分野でも活躍を見せる芦沢さんに、執筆への意気込みや将棋の世界の魅力など、幅広く聞きました。

デビュー10年、初めての長編連載

芦沢央さん

――「夜の道標」の連載が始まりました。作品に込める思いを教えてください。
 これまで短編や短編連作を多く書いてきましたが、連載という形で長編小説を書くのは初めてです。単行本での長編書き下ろしは経験があるのですが、連載は、単行本向けの書き下ろしみたいに書き上げて何度も直すということができないので、怖くて逃げてきたというか……。その一方で、デビューから10年目ということもあって、そろそろ長編連載にも挑みたいという気持ちもありました。
 そんな時、読売新聞オンラインでの連載の機会をいただいたんです。読者も多い媒体ですし、作家として大きく成長できるかもしれない。大きなチャンスだと思い、挑むことに決めました。
 連載小説は1日あたりに掲載される量が少ないです。毎回見せ場を作るのが非常に難しく、「これで伝わるんだろうか」と不安もありますが、これまでの作品はラストから逆算して物語を積み上げていくことも多かったので、頭から順に書いていく面白さと怖さを感じています。

――「夜の道標」はこれからどんな作品になっていくのでしょうか。
 逃亡中の殺人犯の男を中心に、彼をかくまう女性や犯人を追う刑事など、様々な立場の人物が絡み合い、人と人との出会いが様々な化学反応を引き起こしていきます。
 特に物語の中で重要なカギを握るのは、家庭に深い闇を抱える少年です。少年は家庭の事情などで、夏休みになると食べるものにも困るつらい状況になります。だけど、その少年は周囲の大人たちに助けを求めることができない。唯一、その声にならない叫びに気づいたのが殺人犯の男でした。男はその子に食事を分け与えてあげるようになります。
 書いていて驚いたのは、「こういうシーンを書きたい」と決めていても、「この登場人物だったらこういう行動を取るだろう」と、当初の予定から物語が変わっていったことです。

――「登場人物が勝手に動く」という体験は、これまでの作品にもありましたか?
 勝手に動くという経験はありましたが、構成が大きく変わることはなかったと思います。
「夜の道標」では絵コンテのようなものを作りました。「このシーンはバスケットボールコートのここが映って」など、頭の中に浮かんだ映像のようなイメージを、絵のラフをたくさん描くという手法です。自分がカメラマンになったつもりで、遠景にしたりぐっと寄ったり、朝だったり夜だったりと、頭の中に浮かべたシーンを描いて、その紙を床に並べて、順番を変えて物語の流れを作っていきました。もちろん絵コンテのままでは小説にならないので、そこを文字でいかに書くかが重要です。
 こういうやり方は初めてでしたが、書くべきことがクリアになりました。映画的に小説を書く、という形でしょうか。でも登場人物たちがどんどん動いて、書いていく中で展開が変わっていきましたね。

読者が想像する景色が、ガラリと変わる瞬間を

――ミステリーといえば「どんでん返し」がカギになります。芦沢さんも「どんでん返し」に定評があり、今作品でも多くのファンがどんな結末になるのか、楽しみにしています。ミステリーを執筆する面白さやだい味、難しさなどを教えてください。
 どんでん返しは書き手からすると、さほど難しいものではありません。例えば「叙述トリック」だったり、何を書いて何を書かないかという取捨選択は書き手に委ねられています。ですが、ただのどんでん返しでは、びっくり箱でしかありません。「びっくりしたでしょ」で終わるようではいけないと思っています。
 私が作品の中で描きたいのは、「読者の見ている景色が変わる瞬間」です。文字を読み、映像で思い描いていたことが、実は間違っていたと気付かされたり、想像していた光景がガラリと変わったりする、その瞬間。景色が変わるというのは「何かを見落としていた」ということですよね。見落としは、偏見や知識の不足、思い込みによって引き起こされます。それをあぶり出すようなどんでん返しを目指します。
 伏線も「実はこうだったんです」と提示した時に、「そんなの書いてあったっけ?」と思われるようではいけません。「確かにそんなシーンがあった!」と印象的であればあるほどよい。でも、伏線にするにはそのシーンやエピソードに、もう一つの意味が必要になりますよね。最初は印象的に残るシーンでも、トリックや物語の結末が分かった後に読むと、「これ、ぜんぜん違う意味だったのか!」と驚くようなものがよいです。
 伏線をいかに張れるか、読者をどれだけ物語に巻き込めるか。ただのどんでん返しに終わらないよう、苦労して書いています。

――デビュー作「罪の余白」から10年がたちました。この10年を振り返っていかがでしたか?
 がむしゃらに書き続けた10年間ですね。一つひとつの仕事を全力でやっている間に、あっという間に……(笑)。初めはデビュー前から書きたかったものをひたすら書きながら、長編や短編など、書くための色々な筋力を鍛え続けていました。
 大きな転機になったのが「カインは言わなかった」という作品の執筆です。ダンスカンパニーが舞台の作品ですが、執筆の際にたくさんの方に取材をさせていただきました。芸術監督や画家の方など、自分がこれまで触れてこなかった分野のプロに取材をしたんです。
 取材を通して、相手から自分の想像で出てこなかった語彙ごいがどんどん出てきて、それが物語を思いもよらぬところに広げていってくれるのを感じました。それと同時に、手持ちのものだけを書く段階から、色々なものを書けることに気づき、「これからも作家として、私はやっていけるな」という感覚が芽生えました。「カインは言わなかった」はとても大切な作品になりましたし、「取材して小説を書く」という経験が、将棋小説「神の悪手あくしゅ」にもつながっています。

「夢を食いつぶされる」奨励会の世界

第34期竜王戦七番勝負第4局の感想戦で取材メモをとる芦沢さん(中央左)(11月13日午後7時39分、山口県宇部市で)=若杉和希撮影

――芦沢さんは将棋の観戦記などの執筆でも活躍されています。将棋の奨励会を題材にした「神の悪手」の執筆を機に、将棋に夢中になったと伺っていますが、執筆の動機や将棋の魅力を教えてください。
 幼稚園の頃、2歳年上の兄と祖父が将棋をしていた時の光景をよく覚えています。将棋は盤を挟むと、年齢も性別も体格も関係なく、対等な関係になれますよね。普段はおじいちゃんと孫なのに、盤を挟んで向かい合うと友だちになっている。それが羨ましく、憧れでした。
 奨励会については、大崎善生さんのノンフィクション「将棋の子」を読んで知りました。奨励会には満21歳の誕生日までに初段、満26歳の誕生日を含むリーグ終了時まで四段になれなければ、強制的に退会させられるという年齢制限があります。入るのも難しいうえに、全国から神童と呼ばれた若者が集ってくるのですが、プロになれるのは原則で年4人。非常に厳しい世界です。
 彼らは10代の若い時期に、死ぬ気で夢を追いかけます。部活や趣味、友人と過ごす時間を犠牲にし、中には大学進学や就職さえも捨てて将棋に打ち込む。それでも年齢制限に間に合わなければ、残酷に夢を奪われる。その事実がただ怖く、「何と恐ろしい場所だ」と震えました。夢ってポジティブに語られがちですが、食いつぶされる恐れもある存在ですよね。そして夢を奪われた後も、彼らの人生は続いていきます。そんな奨励会の世界を知って、もっと将棋について知りたくなりました。
 最初は将棋について全くの素人だったのですが、「カインは言わなかった」での取材経験もあって、「分からなければ勉強すればいい!」と、執筆に挑戦しました。まずは駒の動かし方から勉強しましたね。将棋教室に通ったり棋譜を並べたりしつつ、棋士の方のインタビュー記事を読んで勉強し、それから棋士や将棋担当の記者、将棋の駒を作る駒師の方に取材に行きました。
 将棋について知れば知るほど、棋士の方の言葉や、盤上の風景から感じるものが変わっていくんです。それぞれの棋士が背負っているものの重さが見えていって、どんどんのめり込んでしまいました。「今日は将棋しかやらなかった」という日もあったくらいですね。「神の悪手」は短編集でしたが、今回竜王戦の観戦もさせていただいたこともあり、いつか将棋をテーマに長編でも書きたいです。

――「カインは言わなかった」「神の悪手」などのように、これまでご自身が知らなかった分野について学び、作品にするという経験を振り返っていかがでしたか?
 「作家になってよかった」でしょうか。その道のプロ、その分野に人生を懸けている方に取材ができる。竜王戦の取材でもそうですが、普通では絶対に入れない場所で、普通では絶対に会えない人に会える。色々な経験や出会いを通して、書きたいことがどんどん増えていく……。作家としてだけではなく、一人の人間として人生観を揺さぶられる瞬間もたくさんありました。しみじみ幸せな仕事ですね。もちろん自分の至らなさを感じる場面も多いのですが、まだまだ作家としてやっていけると思う機会も増えました。
 私は「怖いものを見つめたい」という思いが強いんです。夢を奪われることもそうですが、生きづらさや人知れず踏みにじられるものなど、大きな流れの中でかき消されてしまう声に耳を澄ませたいと思っています。人権感覚の変化やコロナ禍もそうですが、「正しいとされたことが変わる」ことも、怖いものに含まれるでしょう。昔は正しいとされたことをやってきたのに、数年後に非難されるという状況です。他にも、「自分が信じている正しさを守れているのは、ただ運がいいだけだからなのでは」という不安もあります。そんな数々の「怖いもの」を見つめて、執筆をしていきたいですね。

「夜の道標」は「思いもよらなかった景色にたどりつく」

――作品のアイデアや着想を、ニュースや実際の事件から得られたりしますか。
 読売新聞オンラインは、ニュースのバックナンバーを検索できるのが便利ですよね。将棋の観戦記を書いたりするときも、連載名や執筆者の名前で検索してまとめて読みました。
 短編集「汚れた手をそこで拭かない」に掲載されている作品の一つに、小学校のプールの栓を締め忘れて水を出しっぱなしにしてしまったことから始まる話があります。栓を締め忘れ、先生が水道料金を請求されたというニュースを見て「怖い!」と思ったことが執筆のきっかけですね。その「怖い!」から、「自分がもしそういう状況になったらどうするだろう」「ごまかすとしたらどういうシチュエーションにするだろう」とアイデアを広げて書いていきます。その際にバックナンバーを調べられるのは、オンラインならではのありがたみですね。

――これから本格的に連載が始まります。改めて、意気込みを教えてください。
 まだ物語の冒頭で、全貌ぜんぼうや流れなどは明かされていません。視点も次々変わっていくので、「何を書いているんだろう」と展開に戸惑うこともあるかもしれません。ただ、いま描かれている物語は最後には、私自身思いもよらなかった景色にたどりつきます。ぜひ楽しみにしておいてください。

「夜の道標」 あらすじ

 すぐに解決される事件だと、誰もが思っていた……。
 1996年10月、塾の経営者が殺害された。早々に、被害者の元教え子である阿久津舷が被疑者として捜査線上に浮かぶ。しかし事件発生から2年が経とうとしているのに、なぜか阿久津が見つからない。
 刑事の平良正太郎は異動を前に、少しでも犯人に近づきたいと捜査に力を入れていた。小学6年生の仲村桜介は、バスケのうまい橋本波留と試合に向けて練習に励んでいた。長尾豊子はぱっとしない総菜を売っては、残り物を家に持ち帰る日々を過ごしていた。
 交わるはずのなかった彼らが近づいたとき、事件は思いもよらぬ扉を開ける―――。

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プロフィル

芦沢 央(あしざわ・よう)
 1984年東京都生まれ。出版社勤務を経て、2012年『罪の余白』で第3回野性時代フロンティア文学賞を受賞しデビュー。『火のないところに煙は』が静岡書店大賞を受賞、そのほか吉川英治文学新人賞、山本周五郎賞、本屋大賞、直木賞など数々の文学賞にノミネートが続いている。著書に『汚れた手をそこで拭かない』『神の悪手』など。

連載開始記念「神の悪手」サイン入り単行本プレゼント

神の悪手(新潮社)

 「夜の道標」連載開始を記念して、芦沢さんの著書「神の悪手」(新潮社)のサイン入り単行本を3名様にプレゼントします。棋士の養成機関・奨励会を舞台にした表題作などが収録された、傑作の将棋ミステリーです。よみぽランドからお申し込みください。応募締切は2022年1月15日です。応募はこちらから。

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使い方
2562533 0 オンライン 2021/12/03 15:00:25 2021/12/03 15:42:50 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/12/芦沢央 写真-e1638511568215.jpg?type=thumbnail

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