子供のおどろき~エッフェル塔の上がなくなってる!
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三つ子ちゃん×辻仁成 子育てエッセー第4回

ーわ、エッフェル塔見て!!
ー上がなくなってる!!
ー登ってる人がいたらどうなるのかしら???(訳・辻仁成)
「エッフェル塔の無いパリを見たくないんだ」~エッセー・辻仁成
パリで暮らしだして18年が経ちました。自分の人生の約三分の一もの長さをここで過ごしたことになります。正直、予定外でした。たまたまここで息子が生まれて、ここの教育を受け続けたこともあり、もう16歳ですからね、ここから日本に編入させるのも可哀想なので、大学を出るまではパリに残るつもりでいます。
ということはあと6年か7年、選ぶ学校によっては10年になるでしょうか。たぶん、そこまでパリで生きてしまったら、今度はぼくが日本に適応できず、浦島太郎になってしまうことでしょう。
実はぼくらはずっとエッフェル塔の真ん前に住んでいたのです。シングルになってすぐ引っ越しました。息子と新しい生活を築くためには新しい環境が必要だろうと、息子の学校の傍に越したのです。
でも、エッフェル塔を見上げると、やはり歩いてきた道のりを振り返ってしまいます。当時、仕事場の窓をあけると、どーんとエッフェルさんが目に飛び込んできました。曇りの日は塔の先端が見えない日もありました。晴れ渡る青空にすっと背筋を伸ばして聳えるエッフェルさんに何度励まされたことか。
あんなに眺めてきたというのに、実はこの18年間に、いまだ一度も登ったことがありません。登ろうと思ったこともありません。散歩でしょっちゅう袂まで行くのですけど、なぜか、それで満足してしまうのでした。息子も登ったことがありません。息子の友人たちも登ったことがないのです。ぼくの友人たちの中で登ったことがあるのは数人程度。
ある友人に、「なんで上ったことが無いの?」と聞いたことがあります。そしたら「だって、登ったらエッフェル塔が見えないだろ? エッフェル塔の無いパリを見たくないんだよ」というしゃれた返事でした。なるほど、腑に落ちました。
作者プロフィル
ニコル・ランベール(Nicole Lambert) 1948年、パリ生まれ。美術学校を経てモデルとしてのキャリアをスタートし、その後、子供服やおもちゃのデザイナーとして働き始める。雑誌向けにイラストを描くなかで、1983年に『マダム・フィガロ』で「三つ子ちゃん(Les Triples)」の連載を開始。同作は人気を集め、世界で翻訳・販売される。日本ではフランス国外で初めて書籍化された。テレビ化もされ、近年は世代を超えて親しまれている。一男一女の母。
1959年、東京生まれ、パリ在住。作家。89年「ピアニシモ」ですばる文学賞を受賞。97年「海峡の光」で芥川賞、99年「白仏」のフランス語翻訳版「Le Bouddha blanc」で仏フェミナ賞・外国小説賞を日本人として初めて受賞。長男が小学5年生の頃から、シングルファザーとしてパリで子育てを行う。ミュージシャン、映画監督、演出家など文学以外の分野にも幅広く活動。Webマガジン「Design Stories」主宰。