子供とぬいぐるみ~初めてのコンサートは大成功
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三つ子ちゃん×辻仁成 子育てエッセー第6回

-初めてのコンサートにしては、大成功ってとこかな。(訳・辻仁成)
ぬいぐるみと強い青年~エッセー・辻仁成
フランスの子供たちはぬいぐるみとともに育っていきます。日本の子供もぬいぐるみを与えられ、とっても大事に可愛がりますが、ちょっとこちらは事情が異なるのです。ぬいぐるみに強い人格を与えるからです。まるで家族の一員のように、そのぬいぐるみを子供と生活の間に置くのです。どうやらそういう育て方が一般的なようで、どこの家の子たちもお気に入りのぬいぐるみとセットで幼児期を過ごすことになります。いえ、中学生くらいまでは、傍に置き続けているような感じです。
うちの息子は子熊のぬいぐるみをお気に入りに選んだのです。「ちゃちゃ」と名付けました。親友のアレクサンドル君のぬいぐるみは「バッハ」、ウイリアム君のぬいぐるみは「トボー」です。子供たちはそのぬいぐるみに自分の人生を重ねて、成長のわき役に仕立てていきます。それを青年になる手前まで続けると言えばちょっと大げさですが、結構長い期間、続けます。
じゃあ、ぬいぐるみは一つでいいのか(人格があるので、一人と言っておきましょうか?)、一人でいいのかというと、育っていくうちに、「友だちが必要だ、兄弟が必要だ」となっていき、子供部屋には最終的に30人くらいの大所帯が居座ることになります。息子が中学に上がる頃に半分を、高校に上がる時にほとんどを寄付しましたが、ちゃちゃはまだ彼と生活を共にしています。そこに人格が宿っているので、捨てるなんてことはできないのです。
ぼくの知り合いの映画監督が自分のぬいぐるみを主人公にして短編映画を作ったのですが、これが大好評でした。同じような思いで育ってきたフランスの子たちにとって、ぬいぐるみは間違いなく家族の一員であり、離れられない存在でもあるわけです。そして、息子にとって、ちゃちゃは人生の同志であり、家族なのです。
息子は決して泣かない子です。特にぼくの前では絶対に涙を見せません。でも、離婚の直後、子供部屋の灯りを消しに行った時、息子はちゃちゃを抱きしめて寝ていました。その目から涙が溢れていて、ちゃちゃの顔を濡らしていたのです。そんなに頑張らくていいんだよ、泣きたい時は声を出して泣けばいいのに、と思いました。でも、彼はちゃちゃと共に強い青年へと成長していきます。ええ、今も子供部屋の一番いい場所で16歳のちゃちゃはふんぞり返って生きています。
作者プロフィル
ニコル・ランベール(Nicole Lambert) 1948年、パリ生まれ。美術学校を経てモデルとしてのキャリアをスタートし、その後、子供服やおもちゃのデザイナーとして働き始める。雑誌向けにイラストを描くなかで、1983年に『マダム・フィガロ』で「三つ子ちゃん(Les Triples)」の連載を開始。同作は人気を集め、世界で翻訳・販売される。日本ではフランス国外で初めて書籍化された。テレビ化もされ、近年は世代を超えて親しまれている。一男一女の母。
1959年、東京生まれ、パリ在住。作家。89年「ピアニシモ」ですばる文学賞を受賞。97年「海峡の光」で芥川賞、99年「白仏」のフランス語翻訳版「Le Bouddha blanc」で仏フェミナ賞・外国小説賞を日本人として初めて受賞。長男が小学5年生の頃から、シングルファザーとしてパリで子育てを行う。ミュージシャン、映画監督、演出家など文学以外の分野にも幅広く活動。Webマガジン「Design Stories」主宰。