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    プロレス史に残る事件・出来事の真相に迫ります。

    同期の死を乗り越えて…尾崎魔弓<5>

    • 「プラムが悲しむので、プロレスを続けました」©OZアカデミー女子プロレス
      「プラムが悲しむので、プロレスを続けました」©OZアカデミー女子プロレス

     <フリーに転向する前の1997年8月15日、女子プロレス界を悲劇が見舞う。尾崎の技が元で、JWPの中心レスラーであるプラム麻里子が帰らぬ人となったのだ。自責の念にかられた尾崎は、プロレスをやめることも考えたという> 

     ライガーボムからフォールし、私はそのままリングから引き揚げたのです。異変に気がついたのは、控室に戻ってから。

     ちょうど休憩前の試合だったのですが、スタッフや付き人がばたばたし始めて、救急車で運ばれることになり、私も病院まで付き添いました。

     広島での試合のことで、ひと晩病院に付き添い、16日の夕方に東京に着くよう新幹線に乗ったのです。17日に旗揚げ記念の興行が予定されていたもので。その車中で訃報を聞きました。どんなに悲しくて(つら)くてもリングには立たなくてはなりません。17日は昼と夜の2回興行で、プラムの分も頑張るつもりでリングに上がりましたが、どんな試合をしたかほとんど覚えていませんね。

     自分の対戦相手が亡くなったのですから、精神的にあとをひきますよ。ただ、周りにはそれを見せないようにしていました。気を使わせないように。

     確かに、プロレスをこのまま続けていいものかどうか、悩みました。ただ、もし私がやめると、プラムが一番悲しむだろうと思ったのです。私とプラムと(ダイナマイト)関西、キューティー(鈴木)は、ジャパン女子(プロレス)に一緒に入団した同期なのです。長い付き合いですし、彼女の性格もよく知っています。彼女のことだから、きっと「迷惑かけてごめんね」と言っているはずなのです。ここで私がプロレスをやめると、もっと悲しむと思ったのです。この気持ちは、同期の者同士でないとわからないと思います。ですから、「やめたいな」とは思いましたが、本気でやめるということは考えませんでした。

    保育士目指し、ミステリー小説も執筆

     <団体のトップとして活躍する一方、保育士の資格取得を目指し勉強を続け、さらに今年はミステリー小説「リングから見えた殺意 女子プロレスラー・鬼剣魔矢の推理」(祥伝社)を執筆し発表するなど、リング外での活躍もめざましい。まだまだ「引退」という2文字とは縁がなさそうだ>

     レスラーになる前から、大人になったら親のいない子の養護施設とか乳児院で働きたいという気持ちがあって、それで保育士の資格取得を目指したのです。もともと子どもが好きだったんです。ですから、親のいない子たちの仕事に関われればいいなと子どものころ思っていました。

     高校2年で中退してプロレス入りしているので、まず高校卒業の資格を取るために、ひきこもりやヤンキーとか、なにか事情があって普通に学校に通えない生徒のための学校に、試合の合間をぬって月曜から金曜まで通って勉強しました。ですから、周りはみんな10代の子で、そうした子たちにいろいろ教えてもらったりして、まず高校卒業の資格を取ったのです。楽しかったですね。

     保育士になるには、3年間で必要な単位を取得しなくてはならなくて、来年中には必ず資格を取るつもりです。

    還暦まで現役で

    • 「『ばばあ、やめろ』と言われるまで現役でいますよ」(撮影 高梨義之)
      「『ばばあ、やめろ』と言われるまで現役でいますよ」(撮影 高梨義之)

     小説の方は、3年ぐらい前から書き続けていました。レスラーで本を出す人は珍しくありませんが、どうせならどのレスラーもやっていないことをやりたいと思い、ミステリーを書いてみました。

     最初に犯人だけ決めておいて、そのあとは思うままに書きました。最初から本にして出すと決まっていたわけではないので、気楽に書くことができました。これが最初から本にして出すことが決まっていたら、ノイローゼになっていたかもしれませんね。

     登場人物は、プロレスファンの方なら、「ああ、あのレスラーがモデルなのでは」と思えるような描き方をしましたが、全部が全部、現実をモデルにしているわけではありません。あまりプロレスを強調し過ぎると、プロレスが好きでない人から敬遠されると思ったからです。こういうミステリーが好きな方に、この小説を読んでもらい、プロレスに興味を持ってもらえればと思って書いたのです。

     いまのプロレス界は、2,3年前の底からやや上向いたといった状況でしょうか。うちの団体は、世間的に見るとベテランの多い団体で、若い選手中心の他団体のファンから見れば「年寄り、早くやめろ」といった感じかもしれませんが、そこを逆手にとって、ベテラン対若手の組み合わせで盛り上がっています。あと善玉と悪玉がはっきりと分かれているのも、うちの団体ならでは。

     私自身は、まだ引退を意識したことはありませんが、もしするならば、華々しく引退したいですね。ただ、周りから「ばばあ、ひっこめ」と言われるぐらいはやりたい(笑)。50歳なんてまだまだ。還暦ぐらいまで頑張りますよ。保育士と兼業でね。

     (終わり、文中一部敬称略)(聞き手・構成 メディア局編集部 二居隆司)

    <尾崎魔弓=おざき・まゆみ>
     1968年生まれ。埼玉県川口市出身。158センチ、54キロ。86年、ジャパン女子プロレス入団。同年8月17日の同団体旗揚げ興行で、エステル・モレノと組んでの対剣舞子、レイナ・ガルコス戦でデビュー。87年、風間ルミを破り、JWP認定ジュニア王座を獲得。92年、ジャパン女子解体後、JWP女子プロレスに入団。WWWA世界タッグ、JWP認定タッグなどの各ベルトを獲得する。96年にヒール養成を目的としたユニット、OZアカデミーを設立。97年からフリー。98年にOZアカデミー女子プロレスを旗揚げし、以後、定期的に興行を行っている。12月4日は、東京・後楽園ホールで「唸れ! 豪腕」を開催。詳しくは、OZアカデミーHPで。 http://oz-a.com/index.html
    2014年11月28日 08時30分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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