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    小説や映画、詩や歌に残された作家たちの名言。その舞台となった土地をたずね、言葉が生まれた物語や背景、今を生きる人々の記憶を紹介します。

    宿命とは、この世に生まれて…映画「砂の器」

    算盤が結んだ文豪との縁

    宿命とは、この世に生まれて来たことと、生きているということである(映画「砂の器」より)

    • 雪の合間のJR木次(きすき)線亀嵩駅。列車が走り去った駅舎から、家族の迎えを待つ帰宅途中の高校生たちの話し声が聞こえてくる(島根県奥出雲町で)
      雪の合間のJR木次(きすき)線亀嵩駅。列車が走り去った駅舎から、家族の迎えを待つ帰宅途中の高校生たちの話し声が聞こえてくる(島根県奥出雲町で)

     「砂の器」で描かれる殺人事件の手掛かりは、東北弁と「カメダ」。

     犯人と被害者らしき人物の会話を聞いた、バーの従業員の証言だけが頼りだった。だが、実際は「カメダ」ではなく「カメダケ」。島根県の奥出雲町亀嵩かめだけのことだった。出雲の言葉が東北弁の響きに似ていたことが、捜査を混乱させたのだ。映画の予告編で使われたのが「宿命とは、この世に生まれて来たことと、生きているということである」という言葉だ。犯人は「宿命」によって、道を誤ることになってしまった。

     奥出雲町はそろばんの名産地として知られ、松本清張が読売新聞に連載した原作にも「亀嵩算盤そろばん」が登場する。その会社は実在していた。亀嵩算盤合名会社の代表社員(社長)、若槻慎治さん(78)によると、先代の父・健吉さんは、読売新聞松江支局から依頼され、連載に出る出雲弁の校正をしたという。「私は営業で全国を回っていました。戻ってその話を聞き、名人が作った算盤を清張さんに送りました。すると連載に亀嵩算盤の名が出てきたんです」。それが縁で慎治さんは清張と親交を結ぶようになり、清張が島根を訪れた時は車を運転して案内し、慎治さんが上京した折には食事をする仲になった。

     映画撮影当時、町職員で今は奥出雲多根自然博物館館長を務める宇田川和義さん(68)は、映画で丹波哲郎さん演じる刑事に続いて列車から降りる、営業マン風の男として出演した。「丹波さんには鮮やかな印象があります。つい先ほどまで冗談を言っていたのに、撮影が始まった瞬間に刑事の顔になった。ぶっつけ本番でしたが、1回でOKになりました」

    • 動画は写真をクリック
      動画は写真をクリック

     「亀嵩は、『砂の器』のおかげで全国に知られるようになりました。町民は皆、この作品に誇りを持っています」と言う宇田川さんの案内で、映画で亀嵩駅のホームとして撮影された出雲八代駅を訪れた。殺人事件の背景に描かれたのは、ハンセン病の父とその息子の流浪の旅。2人が永遠の別れをしたのもここだ。その場面を思い出しながら、当時のままのホームに立つと、冷たい風が吹き渡り、悲しみがよみがえってきた。(文・福永聖二 写真・佐藤俊和)

    「砂の器」
     原作は、1960年5月から61年4月にかけて読売新聞夕刊に連載された松本清張の長編推理小説。橋本忍、山田洋次の脚本を野村芳太郎監督が映画化した。東京の蒲田操車場で起きた殺人事件の捜査が行き詰まる。一方で、有力政治家の娘と婚約し、その才能が注目されている若手作曲家・和賀英良は、新作曲「宿命」の発表会が近づいていた。事件の背景には、ハンセン病に対するいわれなき偏見があった。捜査する刑事を丹波哲郎と森田健作、和賀を加藤剛、事件の被害者を緒形拳が演じた。

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    2016年02月15日 09時30分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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