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    小説や映画、詩や歌に残された作家たちの名言。その舞台となった土地をたずね、言葉が生まれた物語や背景、今を生きる人々の記憶を紹介します。

    什の掟「ならぬことはならぬものです」

    人づくりの原点伝える

    ならぬことはならぬものです(会津藩の幼年者向け教え「(じゅう)(おきて)」)

    • 郊外に復元された会津藩校日新館。孔子をまつる大成殿の右後ろには会津のシンボル、磐梯山がそびえる(福島県会津若松市で)
      郊外に復元された会津藩校日新館。孔子をまつる大成殿の右後ろには会津のシンボル、磐梯山がそびえる(福島県会津若松市で)

     王政復古を経て明治政府が樹立したのは1868年。ここから日本が近代国家へと歩み始めたとされる。だが、徳川家に忠義を誓った会津藩にとっては、新政府軍の薩摩・長州藩らによって「朝敵」「賊軍」の汚名を着せられ、おびただしい死者を出して降伏した、あの不条理な戦があった年だ。だから「維新150年」とは言わない。

     福島県会津若松市は今年、「戊辰ぼしん戦争150周年」を迎えた。

     ならぬことはならぬものです

     駅前の看板に、小学校の校門の脇に、土産物のしおりに。そこかしこに、人々が大切にしてきた言葉が刻まれている。藩士の子弟が学んだ教え「什の掟」の一節だ。

     浅間山の噴火がもたらした天明の大飢饉ききんを経て、藩は1803年、改革は人材育成からと、藩校日新館を創設する。文武両道、天文学や医術も教え、全国でもトップレベルの教育機関だった。戊辰で散った白虎隊の少年たちもここで学んだ。

     什の掟は、入学前の6歳から9歳の子供たちに向けた規範。「虚言うそを言ふことはなりませぬ」「卑怯ひきょう振舞ふるまいをしてはなりませぬ」「弱い者をいぢめてはなりませぬ」などの条文の最後を「ならぬことはならぬものです」と厳しく締めくくる。

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      動画は写真をクリック

     「人づくりの原点といえます」。復元された「会津藩校日新館」館長の宗像精むなかたただしさん(84)は言う。「人として、やってはならぬことがある。それを守るのが会津です」

     昨秋、長州藩の城下町・山口県萩市に招かれた宗像さんは、講演で「仲直りはできねえんです」と声を振り絞った。

     「史実を消すことはできない。でも、いつまでも恨んでいては前に進めない」。長州もまた、藩校による人間教育に熱心だった。「日本の役割として、一緒にその精神文化を世界に示していければ」

     明治政府は富国強兵を掲げ、中央集権化を進めた。日本は豊かになった。だが一方で今、大企業の不正が相次ぎ、いじめも後を絶たない。

     人を欺いていないか。己の幸せだけを求めていないか。敗者の正義はなお粛然と我々に問いかけ続ける。(文・松本由佳 写真・吉岡毅)

    什の掟
     会津藩は地域を区分けし、藩校入学前の子供たちに10人ほどの小グループ「什」を作らせた。順番に仲間の家に集まり、遊びながらしつけを学んだ。「什の掟」は7か条から成り、各人が守れたか、毎日反省会が行われた。年長の子が「什長」となって話し合い、藩士としての心構えや武士道の基本精神を互いの約束の中で身に付けていった。数学者・藤原正彦さんのベストセラー「国家の品格」でも紹介。会津藩校日新館の公式サイト( http://www.nisshinkan.jp/about/juu )で読める。

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    2018年01月28日 09時30分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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