フォトジャーナリストが語る“駅麺”の思い出

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文・写真/櫻井 寛

1970年頃の小淵沢駅
1970年頃の小淵沢駅

 わが故郷は信州の佐久である。なので、そばは日常的な家庭食であり、ものごころ付いた頃から祖母や母が手打ちするそばを当たり前のように食べて育ったのだが、こと「駅麺(えきめん)」となるとデビューは遅い。記憶の糸をたどってみれば、初めて駅麺を食べたのは中学1年生、場所は信越本線の小諸駅か横川駅、あるいは中央本線の小淵沢(こぶちざわ)駅にたどり着いた。

 当時のわが家は小海線の中込(なかごみ)駅が最寄り駅。鉄道にはすこぶる興味があったが、憧れの的は特急や急行が走る本線であり、ローカルな小海線ではなかった。小学生の頃は一人で鉄道に乗ることなど許されず、中学生になるとカメラを肩に信越本線や中央本線に遠征した。ディーゼル特急「はくたか」や、電車急行「アルプス」などが被写体だった。

 一日中撮影すれば腹も減る。一番食べたかった「峠の釜めし」などの駅弁は、中学生にとっては高嶺(たかね)の花。そこで、リーズナブルな駅麺初体験となった。価格は覚えていないが、私が中学生だった1967年(昭和42年)発行の時刻表を開いてみれば、横川駅の「峠の釜めし」が200円なのに対し、軽井沢駅で売っていた土産用のそばが70円と載っている。ということは、駅の立ち食いそばは50円ほどだったと思われる。

 かくして駅麺初体験となった。正直なところ大人たち、それも100%おじさんだけの世界に交じってそばを注文するのは冒険であり少なからず(こわ)かった。親と一緒ならともかく、子どもが一人で立ち食いそばを食べるのは見たことがない。大体、カウンターが高いので、小学生では背が届かないではないか。中学生になってようやく駅麺デビュー適齢期というわけだが、うまく注文ができて、熱々のそばを口にした瞬間、大人の仲間入りを果たしたような気がした。残念ながら、小諸駅の駅そばは数年前に閉店し今は思い出のみとなってしまったが、フォトジャーナリストになった今も、途中下車してでも食べたい駅麺を三つ紹介しよう。

 まずは、北海道は宗谷本線音威子府(おといねっぷ)駅の「音威子府そば」。日本そばの北限が音威子府であり、「音威子府そば」を守り続けてきたのが西野守さんご夫妻である。黒くて甘いスープが特徴で特に(しば)れる(寒い)日は五臓六腑(ごぞうろっぷ)にしみ渡る。音威子府で途中下車すると、次の列車まで時には数時間待ちとなるが、それでも食べたい日本最北のそばである。

 続いては、中央本線小淵沢駅の「丸政そば」。1918年(大正7年)創業の老舗駅弁店で、水も空気も清らかな高原にあるだけにそばもうまい。私の故郷が小海線沿線だったので、中央本線から乗り換えの際、必ず立ち寄って食べた思い出の駅麺でもある。名物は「山賊(さんぞく)そば」。丼からはみ出さんばかりの大きな鶏唐揚げが鎮座する。長坂駅、富士見駅にも駅そばあり。

ホーム上の店は独特の風情がある。写真は小倉駅
ホーム上の店は独特の風情がある。写真は小倉駅

 九州の玄関、小倉(こくら)駅の名物といえば「かしわうどん」。かしわとは鶏肉のことで、もっちりとしたうどんに、甘辛く煮込んだ鶏肉がたっぷりトッピングされている。ホームと改札内コンコースに数店舗あるので、途中下車しなくても味わうことができる。「北九州駅弁当」「玄海うどん」の2業者が出店しているので食べ比べも楽しい。

 最後に私のモットーを。「駅弁は列車内の快適なシートに座って食べるもの。駅麺はたとえイスがあっても立ったまますすりたい」

さくらい かん
1954年、長野県生まれ。フォトジャーナリスト。東京交通短期大学客員教授。著書に「世界鉄道切手夢紀行」(日本郵趣出版)、「列車で行こう! JR全路線図鑑」(世界文化社)、漫画監修に「駅弁ひとり旅」(双葉社)など

(月刊「旅行読売」2019年7月号から)

◆月刊「旅行読売」
 1966年創刊。「読んで楽しく、行って役立つ旅の情報誌」がモットー。最新号や臨時増刊などの案内はこちら

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657925 0 たびよみ 2019/06/27 05:20:00 2019/06/27 11:50:12 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/06/20190621-OYT8I50004-T.jpg?type=thumbnail

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