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「物理学発展力尽くした」 益川さん死去 同級生ら悼む声

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ノーベル物理学賞を受賞し、報道陣らに囲まれる益川さん(2008年10月7日撮影) 
ノーベル物理学賞を受賞し、報道陣らに囲まれる益川さん(2008年10月7日撮影) 

 2008年にノーベル物理学賞を受賞した名古屋市出身の益川敏英さんが81歳で亡くなったことが、29日明らかになった。突然の 訃報ふほう に、同級生や大学関係者らからも悼む声が相次いだ。

 中学、高校で同級生だった名古屋市北区の男性(81)は、益川さんと年賀状でのやりとりを続けてきた。70歳祝いを兼ねた高校の同窓会で会ったのが最後になったといい、「物理学の発展に力を尽くし、よくやってくれたが、もう一度会いたかった」と悼んだ。

 益川さんが名古屋大で学んでいた当時、助教授を務めていた名大名誉教授の沢田昭二さん(89)は「研究者としても、科学者としてもすばらしい人物。2、3年前から深刻な病気だと聞いていた。早く治してほしかったけれど……」と肩を落とした。

 益川さんは戦時中の空襲で名古屋市の自宅が被災したことから、長年、反戦・平和の重要性も訴えてきた。

 「 焼夷しょうい 弾が2階の屋根を貫通し、1階の土間まで落ちてきた。発火はしなかったが、両親が引くリヤカーに乗って、火から追われるように避難したことを覚えている」。生前、本紙の取材にそう語っていた。

 益川さんの京都大学助手時代の同僚だった女性(83)は「いつも人に囲まれていて、面白い方だった。科学者としての使命だと、核兵器廃絶に向けて熱心に活動されていた。残念です」と静かに話した。

 高校の同級生だった田中正興・四日市大名誉教授(82)は数年前、自らが関わってきた「戦争と平和の資料館ピースあいち」(名古屋市名東区)へのコメントを求めに名大を訪ねた。「ニュースを見て亡くなったことを知った。まだ元気だと思っていただけに、寂しい」と話した。

 益川さんの母校、名古屋市立向陽高校では約15年前から、益川さんを講演に招いたり、生徒が研究室を訪問して講義を受けたりするなどの交流を続けてきた。

 同校には益川さんの手形のモニュメントもあり、新入生が手を合わせたり、記念撮影したりするなど、生徒にとっても身近な存在だったという。

 岩永誠之教頭は「体調が回復したら交流を再開したいと考えていた。生徒にとっても尊敬できるあこがれの大先輩。本当に残念です」と声を落とした。

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2246024 0 ニュース 2021/07/30 05:00:00 2021/07/30 05:00:00 2021/07/30 05:00:00 ノーベル物理学賞 受賞/報道陣らに囲まれ記者会見場を後にする益川敏英さん(中央)=7日午後9時37分、京都市北区で 2008年10月7日撮影 =2008年10月8日朝刊社会面14版掲載= https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/07/20210729-OYTNI50042-T.jpg?type=thumbnail

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