自然からの刺激受け 二足のわらじ楽しむ

農業の傍ら創作活動をする 斎藤瑠璃子さん34(仙北市)

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仙北市の斎藤瑠璃子さん。イベントの産直のブースの店頭に立つ(10月13日、仙北市で)=佐藤一志撮影
仙北市の斎藤瑠璃子さん。イベントの産直のブースの店頭に立つ(10月13日、仙北市で)=佐藤一志撮影

 仙北市内の美術館で今夏、写真家や彫刻家など県内の若手芸術家7人の作品を集めた展覧会が開かれた。そのなかに縦1・6メートル、横3・2メートルほどの巨大なキャンバスいっぱいに雑草が絡み合った迫力ある油絵があった。身近な自然から刺激を受けた自らの作品だ。「雑草の生え方には意図しない面白さがある」と話し、「抜いても抜いても出てくる。農家としては悩みの種だが、その生命力に興味を引かれる」と説明する。

 同市西木町の農家の2人姉妹の次女。西明寺栗や原木シイタケ、米などを作る農園の3代目で、産地イベントのブースに立つこともある。農業の傍ら、絵筆を握り、「生活の中で感じたもの」を選ぶから、地元の自然や風景を描くことが多いという。

 中学生の時に油絵を始め、高校時代に画家を志した。東京の美術大で油絵を学び、卒業後も東京で働きながら、絵を描いていた。2歳上の姉が嫁いでいたことから、「将来は実家の農家を継いで、絵も続けよう」と考えていた。

 秋田にUターンするきっかけは2011年3月の東日本大震災。東京でも停電や断水が発生し、不安に襲われた。「ふるさとなら、川に行けば水がある」。同じ頃、父が病に倒れたことも重なり、その年の夏には故郷に戻った。

 農業を継いだばかりの頃は、作物や畑の手入れなど、覚えることが多く、肉体労働に体も追いつかなかった。翌年2月には、父が療養先の玉川温泉の雪崩事故に巻き込まれて急死した。「絵を描くどころでなかった」。創作活動はしばらく休業状態だった。

 再開したのは13年だ。長さ3~12メートルもの巨大な紙風船を打ち上げる2月の地元行事「上桧木内の紙風船上げ」で、風船に絵を描く手伝いをして、「絵を描くのがやっぱり好きなんだ」と思い出した。農家の生活にも慣れ、次第に創作意欲が湧いてきた。農業との二足のわらじが始まった。

 「農業は天気との闘い。台風とか、予想がつかないことがあって大変」だが、自分で時間の割り振りができるのがいい。何より、「仕事と趣味、遊びが一緒になっている」。自然に身を任せて農家で暮らし、創作活動をしたい時や展示会などの機会があったら、時間を融通するので、どちらも無理なくできる。描く作品も都会にいた時は、頭の中のイメージで風景などを描いていたが、「あまりにも大自然」な秋田に身を置いたことで、「よりリアルに描けるようになった」と手応えを感じている。

 秋田は、絵画の仲間が少ないが、他のジャンルの芸術家との交流が盛んで、仲間も広がった。冒頭の展覧会も、知り合いの芸術家に声をかけて出品者が集まった。「細々とでいいので、年に2回くらい作品を出品できれば満足」と、「自由な生活」を楽しんでいる。

(佐藤一志)

無断転載禁止
53750 0 ことばの肖像 2018/12/09 05:00:00 2018/12/09 05:00:00 仙北市の斎藤瑠璃子さん。イベントの産直のブースの店頭に立つ(10月13日、仙北市で)=佐藤一志撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/01/20181212-OYTAI50010-T.jpg?type=thumbnail

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