義足の水泳チーム代表 奮闘

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プールサイドからメンバーに練習メニューを指示する上田さん。「仲間が集まれる場所があることが大事」と考える(2017年12月16日、習志野市の県国際総合水泳場で)
プールサイドからメンバーに練習メニューを指示する上田さん。「仲間が集まれる場所があることが大事」と考える(2017年12月16日、習志野市の県国際総合水泳場で)
練習を終え、義足を装着する。右脚の付け根の10センチから下を失った
練習を終え、義足を装着する。右脚の付け根の10センチから下を失った

 県国際総合水泳場(習志野市)で14人の男女が練習に励んでいた。10歳代から60歳代まで、速く泳げる人もいれば、そうでない人もいる。「ゆっくりでいいから」「きつかったら無理しないで」。上田孝司さん(51)が合間に優しく声をかけた。

 身体障害者の水泳チーム「千葉ミラクルズSC」。代表の上田さんは現役の選手である一方、チームを運営したり、月に1~2回の練習会で指導したりして選手を支えている。クロール、平泳ぎ、背泳ぎ、バタフライ――。右脚のない体で力強く進む姿は選手のお手本だ。2016年のリオデジャネイロ大会には、競泳の森下友紀、トライアスロンの秦由加子両選手をチーム初のパラリンピアンとして送り出した。

 19歳の春だった。バイクを運転中に転倒し、対向のバスの下敷きになった。一命は取り留めたが、数週間後、医師から宣告された。「右脚が壊死えしし始めている。切らないと死ぬ」。手術後に目を覚ますと、脚がないことが布団の上からでもわかった。

 入院とリハビリ期間は1年半。周囲に気を使われるのが嫌だったから、必死に復帰を目指した。義足で歩けるようになった。1人でバスに乗れるようになった。「やってやれないことはない」と思えるようになった。

 電力会社に就職し、運動不足解消のため25歳で始めた水泳もそうだった。東京都内の障害者チームに入り、市川市の自宅から通って練習を重ねると、ぐんぐん力がついた。全国大会で優勝もした。「泳げば泳ぐほど結果が出た。何より仲間ができたことがうれしかった」

 ただ、障害者であることを理由に水泳施設から練習を受け入れてもらえないことも多かった。自分の力を示すことで理解を深めてもらおうと、あえて健常者の大会に出場したこともある。「障害者が気軽に泳げる環境を作りたい」と08年、仲間と県内初の障害者水泳チームを設立した。6人の船出だった。

 初めて水泳をやる人、競技者として高いレベルを目指す人。活動を知った様々な人たちが集まってきた。「使ってください」と言ってくれる施設も出てきた。少しずつ、障害者水泳が認知されてきたと感じている。

 ミラクルズの選手は現在、全国最多規模という21人。チームのことだけでなく、指導者やボランティア、練習場所不足など、競技を取り巻く課題の解決にも取り組んでいくつもりだ。

 20年の東京大会は自分たちのことを知ってもらうチャンスだと思う。そのためにも、できるだけ多くの所属選手を出場させたい。そして、同じアスリートであることをもっと知ってもらいたい。「できると信じている。やってやれないことなんて、ないんだから」

(高田悠介)

 

 障害者水泳は身体、視覚、聴覚、知的の障害に分けて競技が行われ、身体と視覚は障害の程度によってさらに細かいクラスがある。使用するプールの大きさや泳法は健常者と同じだ。

 東京大会で活躍が期待される県出身・在住の水泳選手は、ロンドン大会の平泳ぎで金メダルの田中康大選手やリオ大会個人メドレーで銅の中島啓智選手のほか、ミラクルズ出身の森下、秦両選手にも注目が集まる。

 県は2015年度から「障害者スポーツ選手掘り起こし事業」を展開。県教委体育課によると、水泳部門では年6回の体験会が開かれ、これまでに約300人が参加した。

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2098 0 裏方たちの2020年 2018/01/01 05:00:00 2018/01/01 05:00:00 プールサイドからメンバーに指示を出す上田さん(中央)(16日、県国際総合水泳場で) https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/01/20180105-OYTAI50003-1.jpg?type=thumbnail

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