器具メーカー 復活手応え

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1964年の東京五輪で使われたあん馬に触れ、2020年大会への思いを語る尾崎さん(左)と田中さん(2017年12月19日、松戸市のセノー本社で)
1964年の東京五輪で使われたあん馬に触れ、2020年大会への思いを語る尾崎さん(左)と田中さん(2017年12月19日、松戸市のセノー本社で)

 「私たちのDNAのルーツはここにあるんですよ」。松戸市のスポーツ器具メーカー「セノー」社長の尾崎徹也さん(51)は、1964年の東京五輪で使われた自社製のあん馬に手を触れて言った。この五輪で用具が初めて採用された同社。以来、大半の五輪で主にバレーボールのネットや支柱を納入してきた。

 しかし、前回2016年のリオ五輪では公式サプライヤーの座を中国企業に奪われた。創業100年を迎えた08年頃から経営が傾き、営業力が衰えていたのが響いた。その同社を買収したミズノ(大阪市)出身で、12年6月に社長に就いたのが尾崎さんだった。

 ある日のことだ。あん馬がほこりをかぶって倉庫の片隅に放置されているのに気づいた。「こんな宝物がなぜ?」。牛革の光沢が戻るまで磨き、全社員に見せた。ニッポン初の東京五輪に胸を高鳴らせた先輩たちに思いをはせ、「原点に立ち返ってほしかった」からだった。

 再生へと歩み始めた13年9月、20年東京五輪の開催が決まった。「『やってやるぞ』という気持ちが一気に高まった」と尾崎さんは振り返る。用具を使ってもらうだけではなく、バレーボールをもっと世界に普及させていきたい。そんな思いを国際バレーボール連盟(FIVB)に伝えると、リオ五輪後の16年11月26日、1通のメールが届いた。

 FIVB has chosen your company’s proposal……

 17年から24年まで、国際試合でセノー製品を使う契約を結ぶ知らせで、それは20年大会での公式サプライヤー復帰に向けて大きく前進したことを意味していた。「完全に息を吹き返した」。確かな手応えを感じるメールだった。

 「選手のパフォーマンスを支えるために、毎日改良を考えています」。師走の社内で、バレーボールのネットと支柱の強度をチェックしていた開発担当の田中慎一さん(35)が誇らしそうに説明した。

 例えばネット。繊維をより細くし、構成本数を多くすることで強くしなやかになる。相手側のコートも見えやすくなるという。

 地道な作業を重ねる中、田中さんはパラリンピック種目であるシッティングバレーの新たな支柱も開発した。カーボン製で従来のステンレス製よりはるかに軽く、「持ち運びが楽になった」と好評だという。

 約360人の社員を率いる尾崎さんは言う。「新しい用具やサービスを提案して、20年大会の黒子としてスポーツを愛するすべての人が楽しめるようなレガシーを残していきたいですね」

(矢牧久明)

 

 2020年東京パラリンピックでは、幕張メッセ(千葉市美浜区)でシッティングバレーボールが行われる。座った姿勢でプレーする6人制の競技だ。

 障害者と健常者でつくる「千葉パイレーツ」の加藤昌彦さん(48)(勝浦市)はサッカーの社会人チームで活躍していた26歳の時、左足に静脈りゅうを患い、ひざ下から切断した。義足でピッチに立ったが以前のように動けず、新たに始めたのがシッティングバレーボールだった。

 00年のシドニーと04年のアテネ両大会に出場して引退したが、「経験を生かしたい」と現役復帰。バレーボールの元実業団選手でチームメートでもある妻朱美さん(43)に支えられ、3度目の出場を目指す。「障害者と健常者が共にプレーできるのが競技の魅力。メッセで記憶に残る試合をして、普及に貢献したい」と意気込む。

無断転載禁止
2707 0 裏方たちの2020年 2018/01/11 05:00:00 2018/01/11 05:00:00  1964年の東京五輪で使われたあん馬を前に語る尾崎さん(左)。右は田中さん(松戸市松飛台のセノーで) https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/01/20180111-OYTAI50001-1.jpg?type=thumbnail

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