パラ選手指導 成長に喜び

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折原選手のストレッチを補助する下稲葉さん(奥)(4日、浦安市で)
折原選手のストレッチを補助する下稲葉さん(奥)(4日、浦安市で)

 「目線が傾かないように気をつけて。いいよ、そのまま」。その声を受けながら、軽やかな足音が陸上トラックのカーブを駆け抜けていく。1月4日、浦安市舞浜の市陸上競技場。障害者の陸上選手が集う「ワンズ・パラ・アスリート・クラブ」の練習で、代表の下稲葉耕己こうきさん(33)が選手たちを指導していた。

 この日は、軽度の知的障害があり、昨年の全国大会で優勝した折原巧真選手(18)ら3人が参加。練習終盤、苦しそうな選手たちをおどけながら励ますと、その顔が少しほころんだ。

 下稲葉さんは県立特別支援学校流山高等学園の教諭。同クラブは「学校以外でも、障害者スポーツの場を」と2015年に設立した。同校生徒や卒業生など、知的障害や身体障害がある選手ら23人が所属。国内のトップ選手もいる。

 下稲葉さんは、今でこそ障害者陸上の指導者だが、かつては野球少年だった。小学校から野球に打ち込み、印西市にキャンパスがある順天堂大では硬式野球部に所属。「高校野球の監督として甲子園を目指したい」と教員免許を取った。

 陸上に出会ったのは、大学院修了後の08年、体育教諭として配属された県立千葉盲学校(四街道市)でだ。視力が低下し、前年に転校してきた女子生徒から陸上をやりたいと相談され、陸上部で顧問を務めることになった。陸上は専門ではなかったが、大学時代に陸上部だった友人に練習方法を教えてもらい、競技場に足を運んで練習を見学して回った。

 部員も増え、徐々に競技レベルも向上していった。12年のロンドンパラリンピックでは、当時の教え子だった渡辺紫帆さん(27)が全盲クラスで3種目に出場。専門の走り幅跳びで6位に入賞した。下稲葉さんは踏み切り板近くで、助走してくる渡辺さんに跳ぶタイミングを伝える「コーラー」としてサポート。「最高の結果を出してもらうことだけを考えた」と振り返る。

 「障害のある選手たちが、それまでできなかったことをできるように成長していく」。そんな姿に喜びを感じるようになった。

 ロンドン大会後に下稲葉さんは流山高等学園に転任。15年4月に入ってきたのが折原選手だ。中学3年生で県の知的障害者大会で優勝し、「本格的に取り組んでいるから」と同校を選んだ。同クラブにも所属し、下稲葉さんに師事している。

 高校2年生からは、体幹トレーニングに取り組み、その効果が出てきている。昨年8月の日本知的障害者陸上競技選手権の男子200メートルで優勝。12月にアラブ首長国連邦のドバイで行われた国際大会でも400メートルで金メダルに輝いた。「細かく指導してくれてイメージしやすい。自分の成長は下稲葉さんのおかげ」

 この国際大会では、ほかに男女2人が中距離でメダルを獲得。世界を狙える選手が着実に育っている。

 開催まで2年余りとなった20年東京大会。「ロンドンのパラリンピックでの経験を還元するのが自分の責任」。こう語る下稲葉さんの脳裏には、教え子たちが56年ぶりの大舞台で躍動する姿が浮かんでいる。(大嶽潤平、おわり)

 

 パラリンピックの陸上競技は、短・中・長距離や投てき、跳躍など様々な種目が行われる。実施種目と障害の程度によるクラス分けは、参加選手の数などによって大会ごとに変遷しており、2016年のリオ大会では177種目だった。

 1996年のアトランタ大会からは、知的障害者が出場するようになったが、2000年のシドニー大会で健常者が出場する不正があり、12年のロンドン大会まで知的障害者の種目がなくなったこともある。

 折原巧真選手が得意な100メートルや200メートルが、東京大会でも開催されるかどうかは、1月末に決まる見通しだ。

無断転載禁止
2900 0 裏方たちの2020年 2018/01/12 05:00:00 2018/01/12 05:00:00 折原選手のストレッチを補助する下稲葉さん(奥)(4日、浦安市陸上競技場で)=大嶽潤平撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/01/20180112-OYTAI50000-1.jpg?type=thumbnail

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