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キャンプ場さながらのテントやバーのようなカウンター。温浴施設の休憩室を思わせる畳敷きの小上がりに、仮眠をとるハンモック――。これらは全て、企業の新たな執務空間の風景だ。
自動車エンジンの点火プラグ製造で世界首位の日本特殊陶業は、社員に自由でやわらかい発想を促そうと、小牧工場(愛知県小牧市)に新設した5階建ての新オフィス棟「N―FOREST(エヌフォレスト)」に、斬新な設計を取り入れた。

ビルには、経営方針の策定などを担う戦略本部など12部門が入り、8月下旬に稼働を始めた。勤務者は約1100人だが座席数はそれより少ない。コロナ禍で広まった在宅勤務の割合を3割以上とする前提がある。
部署の垣根を越えた交流を促すため、個人の座席を固定しないフリーアドレス制を導入した。各座席にはQRコードがあり、スマートフォンで読み取ると位置情報を共有できるという。
4階フロアのテント内に座って同僚と会話を交わしていた総務部の服部絵梨香さん(32)は「その時の気分に合わせて簡単に席を変えられます」と顔をほころばせた。
同社が斬新なオフィスを設けた背景には、「100年に1度」と呼ばれる自動車業界の変革期がある。

同社は1936年創業で、点火プラグのほか排ガス浄化システムの酸素センサーが主力だ。ただ、強みにあぐらをかいてはいられない。世界で脱炭素化が進み、クルマの電動化が急速に進む。プラグなど内燃機関の部品縮小は避けられない。
昨年6月公表の2040年までの長期経営計画では、内燃機関関連の売上高を現在の8割から4割に下げる一方、新規事業を2割から6割へ高める目標を掲げた。
新たなオフィス作りの中心的役割を担った総務部の尾野寿哉課長(55)は「森のように次々とアイデアが育つハブ(拠点)になれば」と期待する。
社運がかかる新規事業の創出には、社員が有望なアイデアを生み出せる斬新なオフィスが必要と判断した。
長期計画には、医療やITなど多様な新分野に対応した外部人材を積極登用する方針も盛り込まれた。最新鋭の拠点は、新規事業を推し進める有望な若手人材を採用する呼び水にもなりそうだ。(牧志朝英)