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水と油といえば、決して混ざらないもののたとえに使われる。マーガリンを製造する時、水と油、牛乳たんぱくを混ぜるが、このままだと分離して混ざらない。そこに微量の粉末レシチンを加えると、すぐに滑らかになる。レシチンは水と油の両方に混ざる「得意技」があり、天然の乳化剤としてよく利用される。また、クリームやチョコレートにも欠かせない。
◆5割以上
辻製油(三重県松阪市)は国内で唯一、世界でも有数の粉末レシチンの加工技術を持つ製油会社だ。
国内で使われる粉末レシチンの5割以上は同社の製品とみられている。
レシチンには乳化のほか、たんぱく質やでんぷんと結合する機能、消泡、酸化防止、保水などの機能がある。しかも人の脂質代謝や動脈硬化を改善する効果がある。
同社は成分を細かく分別し、酵素分解や水素添加するなどして、機能をより強化した製品の開発に取り組んできた。
しっとりしていた肌が次第にさらさらとしてきた。大豆から精製した高純度の粉末レシチンを使ったせっけんの試作品と従来のせっけんを、同社の研究員らが実際に使い比べてみた。レシチン入りの試作品は、皮膚になじんでいく。従来のせっけんとは確かに違った。「これは使える」
粉末レシチンを使った同社の製品は食品のほか、化粧品、医薬品、工業製品など約200種類にのぼる。
◆諦めるな

辻製油は三重県内でかつて多く栽培されていた菜種を原料に油を精製する会社だった。粉末レシチンの開発は辻保彦会長(78)の入社(1968年)がきっかけとなった。辻氏は研究所レベルでは試作されていたが、国内企業はどこも手がけていなかった粉末レシチンに注目し、研究開発に挑戦した。
大豆油を搾る過程で生まれる副産物の
製造用機械の試作から始めた。試行錯誤のすえ、3年がかりで1971年に事業化に成功した。
「会長は『諦めるな。諦めたら負けだ』と言い続けて、開発をやり遂げたと聞いている」と園良治常務・機能性事業本部長(62)。園常務は多様な製品開発のほとんどを担当し、「諦めない精神」を受け継いできた。この間、複数の会社が参入したが結局、ともに撤退、同社の独壇場となった。
商社経由でサプリメントとして200グラムをアメリカに輸出したら、4トンの注文が来て、慌てて設備を増設したこともあった。
◆無限の可能性
会長の長男で3代目の辻威彦社長(46)は自宅隣の本社事務所を遊び場のようにして育った。「入社して驚いたのは大豆油を搾っていなかったことです」と話す。液体レシチンの状態になったものを購入し、高純度の製品作りに技術を集中させた。菜種油などの精製技術が土台になったからこそ出来たといえる。

同社の研究員は約15人。博士号を持つ研究員が7人もいて、取得予定者もいる。機能性事業本部開発部はレシチン開発の中心だ。
占志恵研究員(35)(農学博士、中国出身)は「レシチンは無限の可能性がある。研究では情熱を絶やさないことが大事」と意欲的だ。また、昨年入社した植嶋亜衣研究員(25)は「レシチンは多くの製品に必要不可欠な存在。将来は自分で商品を開発することが夢」と話す。
辻社長は「ただの乳化剤や材料ではなく、健康への効能は計り知れない。この点をもっとアピールしたい」と強調する。
取材後記 受け継がれていく「挑戦」
「研究開発力は三重県内でも飛び抜けている。それほど大きくない企業に、博士号取得者が何人もいて、集中的に取り組んでいる」
辻製油の顧問を務める西村訓弘・三重大教授(56)は同社の技術力を高く評価する。
粉末レシチンを同社で見せてもらった。いろいろな色があって、豆のような香りが少しした。この粉末に「計り知れない能力」があるとは不思議な気がした。
同社は加工技術を生かし、トウモロコシの胚芽から精製した高純度のセラミドや、ゆずの皮から作った天然フレーバーオイルなどの製品を独自開発している。
また、バイオマス燃料の利用など様々な挑戦をしている。「だれにも出来ないことをする」という同社の開発精神は若い研究者たちにきっと受け継がれていくことだろう。(天野誠一)
粉末レシチン レシチンはリン脂質の一つで、動植物の組織に広く含まれている。人の体内の正常な生理機能を補助する働きがあるとされる。油の製造工程で出来る副産物である液体レシチンをさらに精製・乾燥したのが粉末レシチンで、液体レシチンより純度が高い。
辻製油 1947年、前身となる菜種油専門の辻製油所を創業し、76年会社設立。売上高は190億円(2021年12月期見込み)で、食用油事業が約7割、レシチンなどの機能性事業が約2割を占める。先端技術を使ったミニトマト農園やバイオマスボイラー工場の運営にも参画している。資本金3000万円。従業員162人。