第1回

夢の翼広げて 無重力の旅へ

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愛知発ベンチャー奮闘

宇宙飛行機「ペガサス」のイメージ図(PDエアロスペース/小池輝政氏提供)と、実験用無人機「X01」を持ち、エンジン部分を見せるPDエアロスペースの緒川修治社長(林陽一撮影)
宇宙飛行機「ペガサス」のイメージ図(PDエアロスペース/小池輝政氏提供)と、実験用無人機「X01」を持ち、エンジン部分を見せるPDエアロスペースの緒川修治社長(林陽一撮影)

 「キイイイーン」。甲高い爆音が耳に突き刺さる。宇宙旅行の実現を目指す名古屋市の新興企業「PDエアロスペース」が愛知県碧南市の研究施設で昨年12月8日に行った新型エンジンの燃焼試験。社長の緒川修治さん(51)は「実用化できれば宇宙は一気に近くなる」と胸を張った。同社が昨年春から開発に乗り出している「回転デトネーションエンジン」は、丸い形のエンジン内を、音速を超える爆風が衝撃波とともに進み、機体を宇宙空間に飛ばすエネルギーとなる。

 並行して開発を進める宇宙飛行機「ペガサス」の機体は全長18メートルで、操縦士2人を含む8人乗りにする構想だ。航空機のように滑走路から離陸し、高度100キロを超える宇宙空間に到達。飛行時間は90分で、無重力に近い状態を5分間ほど体験できる。「海外勢に一歩でも二歩でも近づきたい。日本から宇宙旅行に行ける未来はすぐそこにある」。緒川さんは力強く語った。

エンジン開発 一歩ずつ

 緒川さんの「空」への思いは父親譲りだ。父・尚孝さんはメーカーの技術顧問などをする傍ら、名古屋市緑区有松の自宅に実験室を構え、独自にジェットエンジンの研究をしていた。航空機の計器やヘリコプターの翼などが転がる家庭環境は、緒川さんの心に、天空への憧れを育んだ。

 「学びたければ自分で学べ」という父に必死で食らいつき、エンジンに関する知識や実験のノウハウなどを身につけていった。そうして宇宙飛行士への道を模索し、東北大大学院で航空宇宙工学の研究にも打ち込んだ。しかし、描いた夢は、重ねた年齢の中でついえていく。30歳で自動車部品メーカーのアイシン精機(現アイシン)に就職した。

 入社4年目の2004年、社員食堂のテレビで見たニュースが人生を変える。宇宙旅行の技術を開発したチームに約11億円を贈る米財団の賞金レースで、従業員数十人の米企業が民間として初の有人宇宙飛行に成功し、勝者となったのだ。「宇宙にも民間の時代がやってくる。自分には父から学んだ技術と宇宙への情熱がある。宇宙に行く機体をこの手でつくる」。新たな決意が胸中にわき起こった。

 会社を辞め、貯金の1000万円を元手に07年5月、PDエアロスペースを設立。実家のすぐ横に「社屋」のプレハブ小屋を建てたが、資金はすぐに底をつく。そんな中、09年の起業家コンテストに参加し、審査員を務めていた旅行大手エイチ・アイ・エス(HIS)創業者の沢田秀雄さん(70)に、懇親会の場で思いの丈をぶつけた。「誰でも宇宙旅行に行ける時代が来る。必ず宇宙飛行機を開発してみせます」

 熱意は実を結び、資金援助が決定。その後も、宇宙旅行に将来性を見いだしたANAホールディングス、みずほ銀行系ファンドなどに支援の輪は広がっていった。昨年6月には、吉本興業ホールディングス子会社や豊田通商などを引受先とする第三者割当増資の実施を発表。調達額は計11億8000万円となった。PDエアロの社員は40人規模となり、今年前半には50人に増員する計画だ。

 開発体制の整備にめどがついた昨年9月、尚孝さんは胃がんのため81歳で亡くなった。「父は実験やものづくりのイロハを授けてくれた。父の存在なくしてPDエアロの創業はなかった」。そんな思いを胸に、夢の実現へ、着実に歩を進める。(杉本要)

今年は 実験機飛行、「宇宙港」に格納庫

宇宙飛行機の出発基地となる沖縄・下地島空港
宇宙飛行機の出発基地となる沖縄・下地島空港

 「2022年はPDエアロにとって正念場」。緒川さんはパソコンに映した今後のスケジュールに目をやり、表情を引き締めた。4月には実験用無人機の飛行を予定。「回転デトネーションエンジン」も実用化させる。さらに、宇宙飛行機の発着拠点「宇宙港」とする構想の沖縄県宮古島市の下地島空港に、総工費3億円をかけ、実験機の格納庫の建設を始める。宇宙空間への到達を目指す初めての機体となり、24年の飛行を目指している。

 宇宙への商業運航開始は29年と見込む。4機態勢で年間1000人の宇宙旅行を実現させる考えだ。事業化には180億円が必要と試算し、宇宙旅行の価格は1人3500万円を想定しているが、将来的には海外旅行並みの「39万8000円」を目指す。

 緒川さんは「昨年の『宇宙旅行元年』から、新しい時代に入った」と実感する。海外勢に追いつけ、追い越せの精神で、宇宙への扉をこじ開けようとしている。

米企業続々競争激化

 2022年は米国で新興企業が宇宙旅行事業に乗り出し、競争は一層激化しそうだ。

 中心となるのは、「ヴァージン・ギャラクティック」を設立したリチャード・ブランソン(71)、「ブルーオリジン」を率いる米アマゾン・ドット・コム創業者のジェフ・ベゾス(57)、「スペースX」の実業家イーロン・マスク(50)の3氏。ヴァージン、ブルー両社は昨年、それぞれの機体で高度80~100キロに到達し、数分間の無重力状態を体験する宇宙飛行に成功した。22年は商業運航を本格化させる。

 ヴァージンの代理店となっているクラブツーリズム・スペースツアーズ(東京・新宿)によると、世界で約700人が予約しており、約20人が日本人という。

 一方、スペースXは既に高度500キロ以上に到達可能な宇宙船「クルードラゴン」を用いて、国際宇宙ステーション(ISS)への人や物資の輸送を本格化させている。今秋には、宇宙航空研究開発機構( JAXAジャクサ )の若田光一飛行士(58)が搭乗する。

 昨年9月には、民間人のみで初めて地球周回軌道に達する宇宙飛行にも成功。今年はISSへの滞在ツアーを始め、23年には月往復旅行に乗り出すという。昨年12月にロシアの宇宙船「ソユーズ」に搭乗してISSに滞在した実業家の前沢友作さん(46)が、スペースXの月往復旅行にも搭乗する予定だ。

「会社員も行ける時代」

ヴァージン社の米国での訓練に参加した稲波さん(手前左)。航空機の急降下で無重力状態を作り、体の動かし方などを確認した(2009年3月)=船井総合研究所提供
ヴァージン社の米国での訓練に参加した稲波さん(手前左)。航空機の急降下で無重力状態を作り、体の動かし方などを確認した(2009年3月)=船井総合研究所提供

 「サラリーマンでも、宇宙旅行できる時代が訪れたんだと感じます」。ヴァージン・ギャラクティックが今年実施する予定の商業宇宙旅行に、愛知県一宮市出身で船井総合研究所の経営コンサルタント稲波紀明さん(44)が参加する。「人生の大きな節目になる」と、未知の体験への期待感を高めている。

 稲波さんはIT企業のエンジニアだった2005年、ニュースで宇宙旅行の募集を知り、「どうせ当たらないだろう」と軽い気持ちで申し込んだところ、日本人枠の2番手で当選したという。

 「参加費2000万円を振り込むよう伝えられ、家族からも引き留められて悩みました」と打ち明ける。03年、大気圏に突入した米スペースシャトル「コロンビア」が空中分解した事故も頭をよぎった。

 それでも「完璧な安全性なんて答えはない。恐怖心と 天秤てんびん にかけた結果、好奇心が勝ちました。ヴァージン・グループを率いるリチャード・ブランソンさんなら、きっと成し遂げてくれるという信頼感もあった」。

 給料や投資でためたお金を振り込み、以降は、カリブ海に浮かぶ島にあるブランソンさんの家に招かれたり、無重力体験訓練をしたり。計画は少しずつ進み、昨年はブランソンさん自身が宇宙旅行を実現した。

 この間、宇宙関連のイベントで知り合った妻と結婚。仕事も変わり、現在は船井総研で、宇宙ビジネスに参入する企業への助言などをしているという。

 宇宙へ旅立てるまで「何より気をつけているのは健康の維持。規則的な運動と食事、そしてきちんと睡眠を取ることを心がけてきた」。当選から16年が経過したが、「むしろ時間がたつほど、人生が楽しくなる感覚がある。宇宙旅行は人生の大きな節目。それまでに何をやるべきかを考えて行動してきたので、人生の密度が高まりました」と語る。

 小学生の頃に見たハレー 彗星すいせい や、中学時代に読んだ科学雑誌で宇宙に興味を持ち、大学でも宇宙物理学を専攻した。憧れの宇宙へ行ける時代が訪れたことに感慨を深め、「外から自分の生まれた星を見てどんなことを思うのか、今からわくわくしています」と心を躍らせる。

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