名古屋市出身

落語家 瀧川鯉斗さん 38

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上京し聴いた芝浜 心酔

瀧川鯉斗さん
瀧川鯉斗さん

 バイクが好きで、名古屋市天白区の暴走族に入りました。父も祖父もかつて「ハーレーダビッドソン」を乗り回していましたから、その気質を受け継いでいるのでしょう。16歳で暴走族総長になり、気心の知れた仲間と過ごす毎日は居心地がよかったのですが、地域の皆様には、大変ご迷惑をかけてしまいました。

 「このままではダメだ。役者にでもなるか」と、18歳で上京しました。思いつきでなれるわけではありませんが、映画が好きだったこともあり、あこがれのようなものを抱いていました。

 役者の養成所に入所し、パチンコ店で始めたアルバイトは2か月足らずで辞めましたが、次のバイト先となったレストランで、幸運な出会いがありました。

 そこでは年2回、落語の独演会が開かれていました。オーナーから「役者になるなら、落語を知っておいたほうがいい」と勧められ、初めて聴いた落語が、瀧川鯉昇師匠の「芝浜」でした。

 引き込まれ、気がつくと身を乗り出していました。何役も演じる究極の一人芝居に感動し、打ち上げの席でいきなり「弟子にしてください」と頼み込みました。すると、師匠は「寄席を見てきなさい。そこが仕事場になるので、それでいいと思ったら来なさい」と助言してくれたのです。寄席に通い詰め、2005年、弟子入りが決まりました。21歳の時です。

かけてもらった愛情と恩 忘れずに

 着付けや着物のたたみ方、太鼓の稽古などすべてが新鮮で、スポンジが水を吸収するように身につけていきました。落語は、MD(ミニディスク)に吹き込んでもらった鯉昇師匠のお手本を何度も聞き、時間を見つけては稽古しました。

 高校も出ていない私は、江戸時代のことも知りませんでしたが、師匠は博学で、何でも教えてもらいました。落語でなじみの浅草、隅田川界隈(かいわい)、文化財もよく見て歩きました。山本一力さんの時代小説はタイムスリップしたかのような臨場感があり、勉強になりました。

 多くの人に恵まれました。35歳で昇進した真打ちの披露興行では、客にお辞儀する鯉昇師匠の姿に、本当にありがたいと思いました。

 若い頃は友達と腹を割って話し、泣き、笑える時間です。かけがえのない友情を育み、いまも交流しています。若い人には、そうした時期を大事にしてほしいと思います。

 そして、18歳になれば、いっぱしの大人として扱われます。前座、二ツ目の修業時代、高座で客から心ない言葉を浴びせられたこともあり、何度か爆発しそうになりましたが、オーナーや鯉昇師匠らからかけてもらった愛情が重しになりました。恩を忘れず、やるべきことをやりきれば、道は開けてくるのではないでしょうか。

(聞き手 荒川盛也)

  【たきがわ・こいと】  1984年生まれ。名古屋市出身。本名は小口直也。2005年、落語家瀧川鯉昇さんに入門し、09年に二ツ目、19年に真打ちに昇進した。落語芸術協会所属。ファッション誌のモデルのほか、テレビの情報番組やドラマにも出演するなど、幅広く活動している。

     ◇

 各界で活躍する人たちが新成人にメッセージを送る(毎月第3木曜に掲載)。

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