博多の日宋貿易港跡?石積み遺構公開

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博多が日宋貿易の拠点となった当時の港の護岸とみられる遺構
博多が日宋貿易の拠点となった当時の港の護岸とみられる遺構

 博多が国際貿易都市として発展し始めた平安時代後期に造られた港の護岸とみられる石積みの遺構について、福岡市は1日、発見場所である同市博多区の冷泉小跡地を報道陣に公開した。市は貿易港である裏付けを補強するため、発掘調査を続け、荷揚げ用の倉庫やまとまった輸出入品の発見を目指す方針を示した。

 当時の海岸線に沿ってまっすぐ並べられた大小の石、その間に挟まる陶磁器・白磁の破片―。「浅瀬なので、大きな貿易船から小さな船に乗り換えて着岸していた可能性がある。白磁は壊れたのでここに置いたのかもしれない」。市埋蔵文化財課の菅波正人課長は、こう説明した。

 遺構は地下4メートルで見つかり、幅約1・2メートル、高さ約40センチで、現在確認された長さは約35メートル。出土した白磁が11世紀後半~12世紀前半の中国・宋産であることから、年代を特定した。文献などで、11世紀後半に貿易の拠点が同市中央区の鴻臚館こうろかんから博多に移り、博多が日宋貿易を担ったとされる。

 市は来年度末まで同跡地での発掘調査を続ける予定。菅波課長は「新たな遺物を探し、港の護岸と裏付けたい。多くの市民に見てもらう機会も設ける」と話した。

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877112 0 ニュース 2019/11/02 05:00:00 2019/11/02 05:00:00 2019/11/02 05:00:00 博多が貿易の拠点となった当時の港の護岸とみられる遺構(1日午前10時32分、福岡市博多区の冷泉小跡地で)=今泉遼撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/11/20191101-OYTNI50029-T.jpg?type=thumbnail

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