戦地から愛の絵手紙 兵士が妻子に宛てた60点

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慰問袋に品物を詰める妻と子どもを描いた絵手紙(伊藤博文さん提供)
慰問袋に品物を詰める妻と子どもを描いた絵手紙(伊藤博文さん提供)
伊藤さんが家族に送った絵手紙などが展示されている会場
伊藤さんが家族に送った絵手紙などが展示されている会場
伊藤半次さん(伊藤博文さん提供)
伊藤半次さん(伊藤博文さん提供)

 太平洋戦争末期の沖縄戦で戦死した福岡市の提灯ちょうちん職人、伊藤半次さんが戦地から家族に送り続けた絵手紙を紹介する企画展が、嘉麻市上臼井の碓井平和祈念館で開かれている。絵手紙は、愛する妻や子どもらと過ごした幸せな日々を思い起こして描かれたものも多く、生きて再び家族と会えることを信じて戦った一兵士の思いがにじむ。

 伊藤さんは、現在の福岡市博多区中洲中島町にあった老舗提灯店の長女、禮子れいこさんと結婚し、3人の子ども、義母と暮らしていた。1940年に召集され、太平洋戦争の開戦直前に満州(現中国東北部)に出征。野戦重砲兵の部隊に配属され、ソ連との国境警備に当たった。44年秋、沖縄に転戦し、迫り来る米軍を迎え撃ったが、45年6月18日、32歳で戦死した。

 戦地から家族に宛てた便りは約400通にのぼり、うち約100通は絵手紙が占める。提灯の絵付けの腕を磨くために日本画を学んだ伊藤さんは、満州での軍隊生活や現地の人々の暮らしなどを繊細なタッチで生き生きと描いた。

 中でも妻子を描いた絵手紙は、愛情や思いやりにあふれている。禮子さんと次男の允博よしひろさん(2013年に死去)が慰問袋に品物を詰める様子を描いた1枚には、「お母チャン この慰問袋へ入ったら お父チャンのところへ行けるの 僕お父チャンの戦争シテルの見たいなあ」との言葉が添えられ、互いに会えない寂しさが伝わってくる。

 最期の地となる沖縄から届いた手紙はわずか3通で、絵手紙ではなく、既製の絵はがきが使われている。1944年11月25日の日付と、軍艦の絵が入った最後の1枚は允博さんに宛てて出された。「コノツギワ ナンノヱヲオクリマセウカネ マッテイテチョーダイ」などと記され、幼い息子を喜ばせるために次も便りを送るつもりでいたことがうかがえる。

 企画展は、絵手紙と絵はがき計約60点や伊藤さんの写真、すずり箱などを展示。手紙類を引き継いだ伊藤さんの孫、博文さん(51)(福岡市早良区)の協力で実現した。博文さんは絵手紙の展示や講演などの活動を続けており、「多くの人に絵手紙を見てもらい、当たり前の日常の大切さや平和について考えてほしい」と話している。

 30日まで(月、火曜と第4木曜は休館)。入館無料。

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1400315 0 ニュース 2020/08/11 05:00:00 2020/08/11 05:00:00 2020/08/11 05:00:00 慰問袋に品物を詰める妻と子どもを描いた絵手紙(伊藤博文さん提供) https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/08/20200810-OYTNI50009-T.jpg?type=thumbnail

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