[南相馬市 9月] 酒造復活 夢仕込む
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起業家の卵が集まる南相馬市小高区の共有オフィス「小高パイオニアヴィレッジ」に先月、新たな仲間が加わった。東京都出身の立川哲之さん(26)だ。得意分野は日本酒。原発事故の影響で相双地区に一軒もなくなった酒蔵を、小高で復活させようと計画している。
以前は日本酒のにおいや味が苦手だった。見方が変わったのは、震災ボランティアで訪れた岩手県陸前高田市で「酔仙」を口にした時だ。
酔仙は、津波で蔵が流され、7人の従業員を失いながらも、新工場を建てて生産を再開した老舗の酒だった。「世界一うまいぞ」と陸前高田の人たちは口をそろえる。地酒は地域の誇りなのだと知った。
大学卒業後、都心のベンチャー企業に就職したが、酒の魅力が忘れられず退社。今春まで3年間、宮城県の酒蔵に住み込んで修業した。
小高を知ったのは、何げなく眺めていたSNSだ。酒造りをめざして醸造責任者を探している人がいたので連絡を取った。それがパイオニアヴィレッジを拠点に活動する地域おこし協力隊員の佐藤太亮さん(28)だった。いまはヴィレッジ内にある月3万円のドミトリーで寝泊まりしながら、佐藤さんと構想を練る日々だ。
2人はまず、来月から近所の築50年ほどの空き家の改装に取りかかる。1階には醸造タンクを3基並べる。バーを併設し、縁側やテラスも作って誰もが気軽に立ち寄れる場にしたいという。原料は鹿島区産の「天のつぶ」。酒米を4割以上削る吟醸酒ではなく、飯米を使い、最低限しか削らない。「福島の米の個性をそのまま伝えたい」と立川さんは語る。
年明けに醸造を始め、3月頃に新酒を出荷する。一部は発酵過程でホップや果物を入れ、より自由な醸造方法にも挑戦するという。「どんな味になるのかは僕も分かりません。ここで年を越したこともないんですから」
今はとにかく、予測できない未来が楽しくて仕方ない。(柿井秀太郎)