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定点観測連載「いま ここから」

[大熊町大川原 1月] ダムに沈んだ古里へ

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 青空が広がった11日、大熊町大川原でウォーキングの催しが開かれた。目的地は坂下ダム。イベントを通して町民らの交流を図っている「おおくまコミュニティづくり実行委員会」が企画した。「元気?」「今どこに住んでいるの」。白い息を弾ませて久々の再会を喜びながら、120人の参加者が役場から2キロの道のりを歩いた。

 ダムは大川原川流域の農業の水不足を解消するため、1973年にできた。福島第一原発の工業用水にも使われ、原発事故後は原子炉の冷却水がここから供給されている。

 建設時、集落内の3戸がダム用地にかかり、移転を求められた。現在は約20年ぶりの大がかりな改修工事中で、8メートルほど水位が下がり、ふだんは湖底に沈んでいる集落跡を見ることができる。

 30分で一行は到着。雑草に覆われた緩やかな傾斜を歩き、ダムの底に下りていく。当時の家屋の痕跡があるわけではないが、かつての棚田の跡などが確認できる。貯水率は2割ほどしかなく、水面のすぐそばまで近づくこともできた。

 「わが家があったのは、このあたり」。ダム湖のほとりで、大川原1区の行政区長で実行委代表でもある宗像宗之さん(67)が参加者たちに語り始めた。

 宗像さんは中学を卒業するまでここで育った。実家は水稲や養蚕、林業などで生計を立てていたこと。小学校は片道1時間半かけて歩いて通ったが、中学に進学すると自転車を買ってもらい、うれしかったこと。「ダムの堤体で見えないけど、当時は太平洋が一望できたんです」。みな興味深そうに耳を傾ける。

 今でも当時の生活がたまに夢に出てきて、懐かしさに胸が締めつけられる。両親は移転に納得していたが、できることなら、この地に住み続けたかった。

 原発事故で、宗像さんは妻らを連れて大川原の家からいわき市に避難した。一昨年に避難指示は解除されたが、いまだに戻ることはできない。事情は違うが、一度ならず二度も古里を喪失した。そんな思いがこみ上げ、最後は涙声になって話し終えると、ウォーキングの参加者たちから温かい拍手が送られた。(鞍馬進之介)

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1837184 0 いまここから 2021/01/21 15:00:00 2021/01/21 15:00:00 2021/01/21 15:00:00

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