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[災後の福島で]

[災後の福島で 第3部] 移住者たち(2) 第二の人生も仕事人

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川内村 横山祐二さん

 川内村で第二の人生を過ごす横山祐二さん(60)は東京のアパレル会社で働いていた。

 英国のバーバリーなど有名ブランドを担当し、30年間、交渉や店舗営業に忙しく飛び回った。「そろそろゆっくり過ごそう」と2013年に早期退職。青森県出身で、これからは東北人として震災復興の手伝いをしたい、と考えた。

 ところが、復興ボランティアの説明会に参加すると、周りは土木や通信、医療などに精通した人ばかり。当時はまだ復興といえばハード面の整備が中心だった。「アパレルの経歴は役に立たないのかな」と感じ、職を転々としながらパワーショベルやフォークリフトなどの免許や資格を取った。

 14年春、村を初めて訪れ、入浴施設「かわうちの湯」で5か月働いた。

 再開したばかりの施設は当時、月ごとの売り上げしか出さず、把握しているのは一部の社員のみだった。横山さんは時給850円のアルバイトだったが、上司に進言し、予算を日別に計算して1日で達成すべき売り上げ目標を明確にした。さらにその目標を全従業員で共有し、売り上げとの差を意識するようにした。「お客様第一」の意識改革にも取り組んだ。

 千葉に戻る時、村の人たちが涙を流して「残ってほしい」と引き留めてくれた。豊かな自然に囲まれてゆっくり過ぎていく時間も心地よく、16年に移住。半年後に妻の宣代さん(61)も村へやってきた。

 現在はかわうちの湯など各種施設を運営する第3セクター「あぶくま川内」の社員として働く。宮城県の食品加工会社と連携し、村特産のイワナを使ったアヒージョや炊き込みご飯の素(もと)などの新商品を開発。首都圏の物販でも先頭に立っている。

 原発事故で全村避難した川内村の人口はようやく震災前の約8割に戻った。一方で、かわうちの湯の利用者は約5万人と震災前の半分程度にとどまる。震災前の水準をめざし、試行錯誤の日々が続く。

 「目標は高いが、現実は厳しい。それでも会社員の経験を生かし、この年でやりがいのある仕事にチャレンジできるのはありがたいこと」。横山さんは喜びをかみしめている。(井上大輔)

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