伝統守る気骨の武者 2012年 小高郷

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野馬懸で神馬を捕らえる松本さん(右)(2012年7月30日、南相馬市小高区の相馬小高神社で)=阿部仲甫さん提供
野馬懸で神馬を捕らえる松本さん(右)(2012年7月30日、南相馬市小高区の相馬小高神社で)=阿部仲甫さん提供

 小高郷騎馬会(南相馬市小高区)の松本利治さん(42)は2012年7月30日、相馬小高神社の境内で、逃げ回る馬の前脚に自分の足を絡めてしがみついた。まとうのは甲冑かっちゅうではなく白装束。裸馬を素手で捕まえ、神馬しんめとして神社に奉納する「野馬懸のまかけ」の御小人おこびとだ。原発事故で御小人を確保できなくなる中、若手騎馬武者8人が代役を担い、地元での神事復活に貢献した。

 初陣は1999年、21歳の時。騎馬武者は子供の頃からの憧れの存在だった。実家は騎馬武者を出す家ではなかったが、威風堂々と馬を操る大人たちが格好良くて「成人したら自分も」と心に誓った。一足先に参加した同級生一家から馬の御し方などを教わり、馬や甲冑を自分でそろえた。

 成人してから参戦した分、人一倍努力した。建設業に携わる傍ら、毎年、2か月前から早朝訓練を自分に課した。午前4時起床で雲雀ひばりヶ原祭場地(同市原町区)に通い、愛馬の体作りや甲冑競馬の練習に励んだ。

 騎馬武者になって10年以上。技術も磨いて「さあこれから」という2011年、震災と原発事故が起きた。新築直後の自宅は避難指示区域となり、妻と息子2人を連れて会津若松市に避難した。

 小高郷ではこの年、行列が中止になった。実施したのは、本来と異なる原町区の神社での神馬奉納。参加したものの、馬を引くだけで「馬に乗らなかったら騎馬武者じゃねえ」と寂しさが募った。

 翌年、小高区での野馬懸復活が計画され、避難指示区域内の相馬小高神社周辺が除染された。「地元でできる」と胸が高鳴る一方、問題は「誰が御小人をやるのか」だった。

 5年ほど前まで、馬産が盛んだった葛尾村の男性らが務めていたが後継者不足で途絶えた。その後は他県の馬産地から招いたが、原発事故を機にやめていた。騎馬会幹部が白羽の矢を立てたのは、松本さんら地元の若手だった。指導者もいない本番一発勝負の「むちゃぶり」だったが、「伝統を守るためなら、やるっきゃねえ」と引き受けた。

 御小人は、疾走する馬に並走して素手で首に飛びかかり、前脚をつかむなどして捕らえる。鞍上あんじょうで馬を操るのとは全く異なる。足袋で走り回ると血豆や青あざが無数にできた。初挑戦ながら仲間と無事に神馬を奉納できた後は、達成感と安堵あんどで痛みすら心地よかった。

 騎馬武者が御小人を担うようになって8年。皆経験を積み、わざと馬を逃がして駆け引きの様子を観衆に見せる余裕も出てきた。

 今年は震災の年と同様に神馬奉納だけだが、10~20歳代で御小人を担う後輩も増えてきた。「8年間積み上げた御小人の縁を引き継ぎ、今後も新たな伝統を守り続けたい」。松本さんは来年以降を見据える。

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1263207 0 野馬追と生きる 2020/06/06 05:00:00 2020/06/06 05:00:00 2020/06/06 05:00:00 2年ぶりに相馬小高神社で復活した野馬懸で、神馬を捕らえた松本さん(阿部仲甫さん提供)(30日午後6時13分、南相馬市の相馬小高神社で) https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/06/20200606-OYTAI50003-T.jpg?type=thumbnail

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