幕末上洛史料各務原で展示

浪士組昼食に苦心か

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昼食を取る浪士組の人数や宿場の割り当てが書かれた宿割帳の控え。一番右が日付で、次は「鵜殿鳩翁様 御本陣 御上下十九人」と書かれている 
昼食を取る浪士組の人数や宿場の割り当てが書かれた宿割帳の控え。一番右が日付で、次は「鵜殿鳩翁様 御本陣 御上下十九人」と書かれている 

 幕末に将軍警護を名目に幕府が集めた浪人組織「浪士組」が、上洛じょうらく途中に中山道鵜沼宿で取った昼食について記録した史料が、各務原市立中央図書館で開催中の企画展「幕末の各務原」で紹介されている。後に新選組を率いる近藤勇が担当した可能性のある宿割帳など、当時の浪人たちの様子がうかがえ、専門家も「歴史の裏が感じられる史料」と話している。(宮崎亨)

■予約は近藤勇?

 史料は、市歴史民俗資料館の長谷健生けんき学芸員(25)が、2000年に同市に寄贈された234点の「桜井家文書」を整理中に見つけた。桜井家は鵜沼宿の本陣だった。

 浪士組の一行は、将軍徳川家茂いえもち上洛警護の名目で、文久3年(1863年)2月8日、江戸を234人で出発したとされ、同19日に鵜沼宿で昼食を取った。

 史料の一つで、予約状況を記した宿割帳の控え「御雇い人馬書上等綴りおやとじんばかきあげとうつづ」には、実際の人数より多い280人が、13軒の宿場に分かれて昼食を取るとの予約がされていた。名簿には浪士組を率いた鵜殿鳩翁、山岡鉄太郎らの名前が記されている。

 浪士組で予約係を務めていたのは近藤勇で、長谷学芸員は、「この予約をしたのも近藤勇の可能性がある」としている。短期間で編成された浪人集団は旅中のトラブルも多く、別の宿場では近藤が芹沢鴨の宿を取り忘れ、怒った芹沢に近藤が謝罪したという逸話も残されており、長谷学芸員は「トラブルを回避するため、多めに予約した可能性がある」と指摘する。

■代金不足

 もう一つの史料「御上洛御供立ごじょうらくおともたて 御浪士人別旅ご割渡帳ごろうしにんべつはたわりわたしちょう」では、浪士組の昼食代の未払いが記録されている。浪士組は237人が8軒の宿に分かれて昼食を取ったが、本陣にまとめて支払われた代金は、12人少ない225人分だった。このため、昼食代は1人124文だったが、本陣から各宿に支払われた代金は118文になった。

 長谷学芸員は「浪士組結成の準備期間が短いうえに大人数で移動しており、予約や支払いの人数把握に苦労したことがうかがわれる」と話す。

■メニューは

 では、浪士組はどんな昼食を取ったのか。長谷学芸員は幕末は貨幣価値の変動が激しかったとした上で、「1文20~30円と想定すれば、2500~3500円程度の昼食」。食事内容の記録は残されていないが、この時代に近い頃の脇本陣では、「塩さばの切り身、たけのことふきの玉子とじ、もずくの味噌汁みそしる」といった献立の記録が残されている。

 桜井家文書に詳しい岐阜女子大学の辻公子講師(近世史)は、「幕末は皇女和宮、浪士組など人の往来があり、宿場には多くの情報が集められた。残された史料からは歴史の表だけでなく、一歩踏み込んだ当時の様子をうかがい知ることができる」と話している。

 明治150年にちなんだ企画展「幕末の各務原」は、12月16日まで開かれている。入場無料。

無断転載禁止
51625 0 ぎふ発 2018/11/30 05:00:00 2018/11/30 05:00:00 浪士組の昼食をとる人数やはたごの割り当てが書かれた宿割帳の控え https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/01/20181129-OYTAI50013-T.jpg?type=thumbnail

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