野球グラブ職人 宮川涼さん 32

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関ヶ原から世界つかむ

 革のにおいが心地よい工房で、グラブを手に「手になじむフィット感が特長。関ヶ原の名産にしたい」と語る。

 野球は小学3年生の頃から打ち込んだ。野球道具のカタログに見入り、お年玉でオーダーメイドのグラブを買うほどこだわっていた。県立大垣商業高校野球部ではレギュラーを目指したが、かなわなかった。「グラブ職人になろう」と、悔しさを次につなげることに決めた。

 岐阜経済大(現・岐阜協立大)に進学後、夢に近づくため、アルバイト先のスポーツ店で野球用品の修理に携わった。就職活動での大手メーカーの門戸は狭く、銀行の面接では「将来はグラブを作りたい」と訴え、「君はその道に進んだ方が良い」と言われた。それでもめげずに、国産グラブの一大産地・奈良県三宅町の工場を訪ねて直談判し、卒業とともに働き始めた。

 念願だった工場での仕事は、毎日が刺激的だった。製造工程や職人の技に驚嘆した。任された仕事の空き時間や、休みの日には、工場で先輩職人の背中を見て学び、約4年の間、何でも吸収した。

 2013年に地元の関ヶ原町に戻って独立し、新たなブランドを作った。その名も「RAGラグ de Lionリオン」。自身の名前と、感動させるという意味の英単語「affect」、「グラブ」の頭文字をつなげた。「タンポポの綿毛のように多くの人に届けたい」との願いも込め、タンポポの英単語(dandelion)も重ね合わせた。

 投手用、捕手用、一塁手用、内野手用、外野手用に分かれるグラブやミットは、オーダーメイド、牛革で作る。注文に合わせて革を染め、20~25個に裁断された革のパーツをミシンで縫い合わせ、ひもを通して最終的な形を整える。1日あたり、2、3個を作りあげる。多い時は月に100件ほどの注文が入るという。

 インターネットや口コミで評判は広がり、今では、東京都や福岡県など約20店舗が取り扱う。グラブを使ってもらっているプロ野球選手やコーチを訪ね、こだわりについて話を聞き、接骨院で手の構造を深く教えてもらうなど、研究は欠かさない。

 野球グラブの業界は、新たなブランドが次々と登場し、今や群雄割拠の時代。戦国武将による天下分け目の合戦の地で製造された野球グラブには、「SEKIGAHARA」の文字が刻まれている。

 「自分の作ったグラブで、いつかメジャーリーガーにプレーしてほしい」。世界最高峰の舞台に、関ヶ原のグラブが登場する夢をつかみ取るつもりだ。(大井雅之)

 ◇関ヶ原町出身。趣味はロードバイクに乗って出かけること。草野球でプレーする際には、グラブを5、6個持って行き、「新たな商品を生み出すための実験」をしている。問い合わせは、ragdelion1987@gmail.com。

無断転載禁止
641214 0 ひゅーまん岐阜 2019/06/17 05:00:00 2019/06/17 05:00:00 「関ヶ原からメジャーリーグの舞台」を目指すグラブ職人の宮川涼さん(3日午前11時49分、関ヶ原町で)=大井雅之撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/06/20190616-OYTAI50005-T.jpg?type=thumbnail

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