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感染症との戦い紹介 くすり博物館が企画展

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企画展で展示されている器具や資料など
企画展で展示されている器具や資料など

 各務原市に、全国的にも珍しい薬の博物館がある。製薬大手エーザイの創業者・内藤豊次(1889~1978年)によって建てられた「内藤記念くすり博物館」だ。今年で開館50周年を迎えた同館では、感染症と日本人との歴史をひもとく企画展が開かれている。人はどう感染症に向き合い、乗り越えてきたのか。新型コロナに対処するヒントを探るため、同館を訪ねた。(乙部修平)

 各務原市川島竹早町にある、エーザイの一大製造拠点「川島工園」。その一角にたたずむ、特徴的な三角屋根の建物が「内藤記念くすり博物館」だ。中国医学の伝来を示す歴史的文献や生薬、製薬道具など資料6万5000点のほか、医学・薬学書などの図書6万2000点を収蔵する。

 現在開かれている企画展は、「日本人を苦しめた感染症と新型コロナウイルス感染症」。パネルや当時の医学書などを通して、天然痘やはしか、インフルエンザなど過去に流行した感染症に人類がどのように対処してきたのかを紹介している。

 例えば、日本では江戸時代までは原因不明の病気を「虫」と呼び、せきなどの症状にも「虫下し」(寄生虫を取り除く薬)が効くと信じられてきた。はしかなどの治療には、現在では猛毒として知られるトリカブトが使用されていたこともあったという。

 明治時代に入ると貿易が盛んに行われるようになり、1877年には長崎や横浜でコレラが流行。度重なる感染で、10年間で患者が計37万人超、死者が計24万人超に上ったとされる。その後、公衆衛生の観点から「多くの人が入る便所には入らない」など予防策が徹底された結果、1916年を最後に大流行がなくなったという。

 今回の展示品には、注射器が普及する以前に、天然痘ワクチンの接種に使われた器具(皮膚に小さな傷をつけてワクチンの液を塗りつけるもの)や、病魔を追い払おうと人々が用いたダルマなど玩具の展示もあり、当時の時代背景や感染症に対する人々の心情もうかがえる。

 入館無料で、企画展は来年3月末まで。問い合わせは、同館(0586・89・2101)。

企画展を紹介する森田館長
企画展を紹介する森田館長

 ◆「正しく理解、正しく恐れて」 森田館長

 内藤記念くすり博物館の森田宏館長(69)は、エーザイで医薬情報担当などの経験を積んでおり、薬の歴史にも詳しい。人と感染症、その薬との関わりなどについて聞いた。

 ――もともと人は感染症をどう捉えていたか。

 「『古事記』や『日本書紀』に疫病の記述があり、日本では古くから病は神の怒りや悪霊のたたりと考えられてきました。そのため、『けがれ』をはらう儀式が治療とされる一方、中国から漢方などの薬草を輸入していたとみられる文献も残っています。人は経験則で薬草が病に効くと知っていたということでしょう」

 ――病への人々の考え方はどう変化したのか。

 「18~19世紀、イギリスの医師ジェンナーによって大きな転機を迎えました。ジェンナーは、当時流行していた天然痘の予防には、牛痘ウイルス(天然痘に感染した牛の うみ から精製したもの)を接種することが有効と気づきました。これが世界初のワクチン開発とされ、江戸時代の日本にもこの治療法が伝わり、全国で牛痘接種を勧めるチラシが配られました」

 ――コロナを巡る状況をどう見ているか。

 「人類がここ1年で実用的なワクチンを作れるのは驚異的。コロナを必要以上に恐れることはなく、ワクチン接種など基本対策を徹底すれば悲観するものではありません」

 ――人と感染症との関係はどうなっていくか。

 「グローバルな現代社会では、今後も感染症との戦いは続いていくと思います。ただ、薬学は日々進歩しています。過去の歴史をひもとき、感染症を正しく理解し、正しく恐れることで未来に希望を見いだしてほしいです。博物館のある各務原市は、元国立予防衛生研究所長で『公衆衛生の父』と呼ばれた小島三郎氏の出身地。感染症にゆかりが深いこの地と、博物館に来てほしいですね」

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2184668 0 ニュース 2021/07/07 05:00:00 2021/07/07 05:00:00 2021/07/07 05:00:00 特別展で展示されている歴史的書物や治療器具など(各務原市で) https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/07/20210706-OYTNI50030-T.jpg?type=thumbnail

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