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流失の佐野橋復旧 台風19号 高崎・烏川

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復旧工事が終わり、通行可能になった佐野橋(22日、高崎市で)
復旧工事が終わり、通行可能になった佐野橋(22日、高崎市で)
台風19号の豪雨で、橋脚を残して流された(昨年10月)
台風19号の豪雨で、橋脚を残して流された(昨年10月)
葛飾北斎の諸国名橋奇覧「かうつけ佐野ふなはしの古づ」(すみだ北斎美術館所蔵)
葛飾北斎の諸国名橋奇覧「かうつけ佐野ふなはしの古づ」(すみだ北斎美術館所蔵)

和歌、浮世絵に登場の名所

 昨年10月の台風19号で流された高崎市の佐野橋が復旧工事を終え、22日から再び通行できるようになった。烏川に架かる幅2・15メートルの小さな生活橋だが、多くの和歌や謡曲に登場し、浮世絵にも描かれた。過去にも流失の被害に遭ってきた木橋は、いにしえのロマンを伝える。(宮下裕二)

 佐野橋は全長121メートル。同市上佐野町と佐野窪町をつなぐ。通行できるのは人や二輪車だけだ。台風19号の豪雨で橋脚以外が流され、通行止めが続いていた。

 観音山丘陵を望む住宅地にたたずむ橋は、古典文学や芸能、江戸絵画の世界では全国に知られる歴史を持つ。

 橋がある辺りにはかつて舟を並べて板を渡した舟橋があった。地元には、川をはさんで逢瀬おうせを重ねていた男女が親に板を外され、命を落としたという物語が伝わる。

 この物語を詠んだのが、万葉集の「かみつけの佐野の舟橋とりはなし親はさくれどはさかるがへ」という東歌あずまうただ。悲恋の舞台の「佐野の舟橋」はその後、和歌に繰り返し詠まれる名所(歌枕)となり、西行や藤原定家ら名だたる歌人が詠んだ。

 能楽で演じられる謡曲「船橋」も、この物語が題材となった。橋から300メートルほどの範囲には「いざ鎌倉」のエピソードで知られる謡曲「鉢木はちのき」の舞台となった常世つねよ神社や定家をまつる定家神社もあり、歴史ファンが足を運ぶ名所となっている。

 江戸時代には、全国の橋を題材にした「諸国名橋奇覧しょこくめいきょうきらん」シリーズで葛飾北斎が「かうつけ佐野ふなはしの古づ」を描いた。すみだ北斎美術館(東京都墨田区)の竹村誠学芸員によると、「全11図の中で唯一の雪の情景で、『富嶽三十六景』と同時期の最も脂がのった時代に北斎が描いた作品」という。この絵は、印象派絵画の巨匠・モネも所有していたとされる。

 市によると、現在の場所に橋が架けられた時期ははっきりしない。橋は2007、13年の台風などでも流され、そのたびに市が架け替えてきた。災害復旧工事では元の構造を変えられないため、約8300万円をかけた今回の工事も原状回復にとどまるという。

 木製の橋は、地域の歴史を伝える象徴として親しまれてきた。市内の歴史に詳しい地元の元小学校校長、横倉興一さん(76)(下佐野町)は「生活の面でも、文化・歴史的な面でも、地域にとって大切な橋です」と復旧を喜んでいる。

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1360338 0 ニュース 2020/07/23 05:00:00 2020/07/23 05:00:00 2020/07/23 05:00:00 復旧工事が終わり、利用が再開された佐野橋(7月22日、高崎市で)=宮下裕二撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/07/20200722-OYTNI50030-T.jpg?type=thumbnail

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