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    命に代えて書き続ける

    • 「命の続く限り書き続ける」と語る今井さん。小説を次々と世に送り出している(福山市で)
      「命の続く限り書き続ける」と語る今井さん。小説を次々と世に送り出している(福山市で)

     ◇作家 今井絵美子さん 71(福山市)

     少し前から胸の痛みに悩まされていた。2015年5月、乳がんと診断された。ステージ4。手術したが、骨盤に転移しており、「余命3年」と宣告を受けた。

     「(乳がんではないかと)薄々、感じてはいた。むしろ、余命がわかって救われた。死ぬまで逆算して書くしかない」。抗がん剤治療を拒み、モルヒネの投与などで痛みを抑え、ペンを走らせる。

       ■ □

     小説執筆のきっかけは、長く続いた苦悩の日々と深い後悔を、文字で吐き出したことだった。

     脱サラした夫と画廊喫茶を開いたが、精神的に不安定になった夫から次第に暴力を受けるように。やがて大けがを負って、34歳で離婚を決意。福山市の実家に戻り、新たな画廊をオープンさせた。その2か月後だった。夫が自殺した。

     大学時代、友人関係がこじれ、自身も命を絶とうとしたことがある。両親を悲しませ、傷つけた経験から、「(自分は)二度と逃げない」と誓ったのに、「夫から逃げてしまった……」。自責の念に駆られた。

     自分の中にたまった負の感情を紙につづった。繰り返すうちに<書く>ということに目覚めた。「自分の思いを一度に吐き出すのではなく、作りものの世界で、小出しに小出しに調味料のように振りかけてやればいい」

       □ ■

     様々な賞に応募したが、落選が続いた。「このままでは成功しない」。39歳で、当時14歳の長男と上京。バブル時代でテレビプロデューサーの職を得た。だが、その業界も2年で離れた。

     その後、東京で画廊を開いた。ここで芥川賞作家・三浦哲郎氏と出会ったことが転機に。洗練された文章に憧れていた作家を師と仰ぎ、執筆した小説を送り始めた。画廊の経営は行き詰まり断念。居酒屋や焼き鳥屋でのアルバイトで生活費を稼いだ。

     「よく書けていました」。三浦氏に初めて評価された小説「もぐら」が1998年、大阪女性文芸賞で佳作を受賞。深夜に牛丼チェーン店で働きながら書いた「母の背中」でも賞をとり、道が開けた。東京に出てすでに10年余り、50歳を過ぎていた。

     母の死を機に2000年、帰郷。書きたかった時代小説の執筆に取りかかった。藤沢周平氏の人間模様の描写に衝撃を受けたからだ。尾道市が舞台の時代小説「蘇鉄そてつのひと玉蘊ぎょくうん」が初の刊行本となった。03年に「小日向源伍の終わらない夏」が、時代小説の登竜門と呼ばれる「九州さが大衆文学賞」の大賞に輝き、評価が高まった。その後も、一心不乱に書き続けた。

       ■ □

     元々、純文学の道を志し、芥川賞をとりたいと本気で思っていた。「肉親だからこそ逃げたくても逃げられない。人の持つゾッとするほど冷たい部分を書きたい」。現代小説の発表に反対する出版社の担当を説得して書き上げたのが、今年3月に刊行した「芦田川」だ。

     奔放な男性遍歴を重ねる母から逃れたい娘の葛藤、父が違う妹との夫を巡る愛憎などを描いた。「生きているうちに、故郷を舞台に運命に翻弄される人間模様を書き残したかった」

     出版した本は90冊余。「自分が消えても、作品はこの世に残る。100冊以上、送り出すまで死にたくない」。だから、今日も机に向かう。そして、生きながらえたことに感謝し、ウイスキーで締めくくる。(田岡寛久)

    <いまい・えみこ> 福山市出身。宿場町の料理屋兼旅籠(はたご)を舞台にした「立場茶屋おりき」シリーズが2015年、第4回歴史時代作家クラブ賞シリーズ賞を受賞。現在も時代小説で5本のシリーズを抱える。ほかに、福山藩主・阿部正弘を主人公にした「群青のとき」などがある。

    2017年05月01日 05時00分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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