<5>音楽の道に国境なし

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日仏で活躍 バイオリニスト

音楽祭「ハイドン氏の休暇」で演奏する小島さん(左から2人目。2017年撮影、フランスで)=本人提供
音楽祭「ハイドン氏の休暇」で演奏する小島さん(左から2人目。2017年撮影、フランスで)=本人提供

 広島県とフランスを行き来し、世界を股にかけて活動を続けてきたバイオリニスト・小島燎さん(28)にとっても、新型コロナウイルスの影響は甚大だった。フランスでは演奏会が開けず、尾道市に日仏両国の音楽家を集める「しまなみ国際芸術博」は2年連続で延期になった。

 日本から動けない時期もあった。しかし、大きな転換点にもなった。地元で小中学生らにバイオリンの指導を始めた。新型コロナの影響で行動や考えが内向きになりがちな中、「子どもたちが日本の外にある世界を知り、飛び出して行ってほしい」と強く願う。

        ◇

 広島交響楽団コンサートマスターだった父・秀夫さん(80)、ピアニストの母・朋子さん(61)の影響で、幼い頃からバイオリンを手に持っていた。秀夫さんが発足させた広島ジュニアオーケストラに所属し、5歳頃から発表会に出場した。

 数多くのコンクールを経験し、「全国のレベルの高さを身をもって感じ、自覚が芽生えた」。中学3年で全日本学生音楽コンクールの中学生の部で優勝し、自信がついた。

 ところが、高校時代は重圧で結果が出ず、音楽だけで生活する未来を描けなかった。音大には進学せず、京都大に入学した。定期的に演奏会があるわけではない。自ら企画し、会場の確保からチケット販売まで1人で行った。「競争の世界から一歩離れた京都で自分と向き合えた」と振り返る。

 2015年に大学を卒業し、パリのエコールノルマル音楽院に留学した。20年には、弦楽四重奏団として所属したパリ国立高等音楽院の室内楽科修士課程を修了。留学中は演奏家らとつながりを持った。徐々にプロとして演奏会に呼ばれるようになった頃、新型コロナの感染拡大が始まった。

        ◇

 日本国内の感染拡大でフランスに戻れなかった20年、秀夫さんの音楽教室の代表や広島市、尾道市のジュニアオーケストラの指導を引き継いだ。「音楽の最前線での経験を地元に還元したい」との思いからだ。

 生徒は50人を超える。フランスにいる時は、パリの自宅が〈教室〉となる。オンラインで日本の教室とつなぎ、生徒と1対1で向き合う。指導理念は「生徒の興味や関心にとことん付き合う」。子供の頃、秀夫さんも好奇心を引き立ててくれたといい、「気づけば、父と同じ方法で指導していた」と笑う。

 帰国時には指導のほか文化振興に尽力する。20年秋には音楽祭「しまなみ海道・秋の音楽休暇村」を企画した。未就学児が入れないコンサートが多い中、演奏を楽しんでもらうため年齢制限を設けなかった。「フランスのように音楽が街中にあふれている社会をつくりたい」と意気込む。

 オーケストラがない国々で子どもたちに音楽を教えたい思いもある。「音楽に言語は関係ない」。大きな夢を描いて前へ進む。(宮山颯太)

(終わり)

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2651756 0 コロナ後、世界へ 2022/01/06 05:00:00 2022/01/06 05:00:00 2022/01/06 05:00:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2022/01/20220105-OYTAI50049-T.jpg?type=thumbnail

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