タカノ橋こうせつ 閉鎖へ

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商店街で食卓支え70年超

常連客とレジで会話する青木さん(左、広島市中区で)
常連客とレジで会話する青木さん(左、広島市中区で)

 広島市中区の市タカノ橋商店街で70年以上にわたって人々の食卓を支えてきたショッピングセンター「タカノ橋こうせつ」が今月末、閉鎖する。施設の老朽化や後継者不足が進み、入居する店主らが土地売却を決めた。青果店「鷹の橋食品センター」を営む青木清英さん(71)は店を向かいに移し、再起を図る。「サンダルに普段着で来られる商店街の、中心的存在としてやってきた。自分だけでも頑張る」と語る。(伏山隼平)

別れ惜しむ客来店

 約4メートルの間口から、長細い通路が約60メートルにわたって奥へと延びる。かつては食料品店のほか衣料品店や乾物店、たばこ店など約20店舗が並んだが、現在はほとんどがシャッターを閉め、移転や閉店のお知らせが貼り出される。残っているのは4店舗のみだ。

 「大きなトマトが100円だよ。買っていきんさい」「奥さんには長ネギ1本サービスしとくよ」。青木さんの青果店は、店頭に野菜や果物を並べ、お客と会話をしながら販売するスタイル。近隣には市役所や金融機関、企業が立ち、かつて午後5時頃には大勢の買い物客らでにぎわった。

 1980年代から、大型商業施設やコンビニが広島市内の各所にでき始めた。専用駐車場がなく、午後6時には店じまいを始める商店街は厳しい戦いを強いられ、客足は遠ざかり始めた。それぞれの店で会計をする方式も家路を急ぐ会社員らに敬遠され、近くの広島大の移転も打撃になった。「青木さん、先に休ませてもらうわ」。こうせつの店主らはそう語り、一人、また一人と店をたたんだ。

 精肉店「新長」の店主、新長謙三さん(78)もその一人。60年以上こうせつを支えたが、後継者もなくこうせつの閉鎖を機に店じまいを決意。「自分なりによく頑張ったという満足感もある。苦楽を共にしたこうせつの仲間たちには、感謝しかない」と話した。

 30日の最終日を前に、別れを惜しむお客らがあいさつに来ることもある。青木さんは「立地を考えると、このまま終わってしまうとは思えない」と語る。こうせつの跡地に商業施設が出来れば、きっとまた活気あふれる商店街が復活すると信じている。「店にとっても、ここはチャンス。もう少し、頑張ってみます」と力強く語った。

 <タカノ橋こうせつ> 「こうせつ」の名は、戦後に広がった闇市対策として1946年に広島市が開設した公設市場を前身とすることに由来。78年に現在の3階建て共同ビルに建て替えられた。

491655 1 ニュース 2019/03/16 05:00:00 2019/03/16 05:00:00 2019/03/16 05:00:00 常連客とレジで会話する青木さん(左)(広島市中区で) https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/03/20190315-OYTNI50064-T.jpg?type=thumbnail

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