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原爆不明者 家族の悲哀

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浜田照代さんの母親が持ち帰った瓦片(手前)などが並ぶ会場(広島市中区で)
浜田照代さんの母親が持ち帰った瓦片(手前)などが並ぶ会場(広島市中区で)

平和資料館 5人の遺品など展示

 広島平和記念資料館(広島市中区)の「収蔵資料の紹介」コーナーが展示替えされ、原爆で行方不明になった5人の遺品をテーマにした11点の公開が27日、始まった。「イマダ ユクエハ シレズ」とのタイトルに沿った遺品や写真パネルを通じて、残された家族の癒えない悲しみや苦しみが伝わる。

 浜田照代さん(当時21歳)は爆心地から約200メートル離れた勤務先の日本興業銀行広島支店で被爆した。母・かとさんは、炭化した黒焦げの7人の遺体が横たわった支店の焼け跡に立ち尽くし、確認できない照代さんの遺骨代わりに近くの瓦を持ち帰った。かとさんは原爆でもう1人の娘も失い、83歳で亡くなるまで原爆について語ることがなかったという。

 会場には、当時15歳だった照代さんの弟・平太郎さんが寄贈した瓦を展示。「1人で収容所や避難所をしらみつぶしに回ったが、手がかりすらえられなかった。最後まで姉の死を認めず、葬式もしていない」と母親の無念の思いをつづった平太郎さんの手記も添えられている。

 そのほか、建物疎開中に被爆し、遺品も見つかっていない弟・友田貞成さん(同12歳)ら家族3人を亡くした澄子さんが寄贈した、家族で使っていた変色した皿なども並ぶ。

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1873759 0 ニュース 2021/02/28 05:00:00 2021/02/28 05:00:00 2021/02/28 05:00:00 浜田さんの母が持ち帰った瓦片(手前)などが並ぶ会場(27日午前10時56分、広島市中区で)=山本慶史撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/02/20210228-OYTNI50004-T.jpg?type=thumbnail

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