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不登校経験 広島の学生 国連催しで

転校先の高校の恩師と、当時の思い出を話す楢崎さん(右、広島市安芸区で)
転校先の高校の恩師と、当時の思い出を話す楢崎さん(右、広島市安芸区で)

 高校時代に不登校を経験した広島外語専門学校(広島市中区)の女子学生が今秋、国連の若者イベントでスピーチし、英語で世界に平和のメッセージを届けた。不登校への無理解による「社会の目」に苦しんだが、留学などで多様性や個性の大切さに気づき、自信を取り戻した。「社会は少しずつでも変わる。希望を持ち続けて」と、同じ境遇にいる後輩たちにエールを送る。(山本慶史)

「人と違っていい」背中押され

 女子学生は、広島市安芸区で同校2年の楢崎桃花さん(21)。小学6年の授業で英語の楽しさに目覚め、高校も英語の力を磨けることを基準に選んだ。そこで、人間関係という壁にぶつかった。

 オシャレや見た目などで生徒間の序列が決まり、“上位”の生徒には逆らえないという「重い空気感」。敏感だった心がすり切れた。入学1週間で通学できなくなり、1か月後には転校を決めた。

 通信制高校「こうわ高等学院」(府中町)に転入したものの、退学や不登校に対する偏見が新たな重圧となった。「通学は週1回。あとは自宅学習」という学び方を理解してくれない人もおり、自らが「落ちこぼれ」の代名詞のように思えて苦しかった。

       ◆

 転機を与えてくれたのは、同学院で出会った英会話の外国人教師らだった。「何がおかしいのか。海外には8年も大学にいたり、卒業後に1年間、旅に出たりする人がいる。人と違っても気にしなくていい」。その言葉に救われた。

 カナダへの留学も勧められ、飛びついた。2週間の滞在で交流した人たちに、学歴や地位を気にする人などいなかった。自分を苦しめた「社会の目」は狭い世界のことだと気づき、多様性の素晴らしさを知った。

 帰国後に始めた国際青年ボランティアでも「区別」する人はいなかった。参加した平和教育を手がけるNPO法人「ピース・カルチャー・ビレッジ」(三次市)も同じ。修学旅行生らに平和の大切さを伝える先生役は、高学歴もいればフリーターもいる。肩書とは無縁の世界が心地よかった。

       ◆

 国連が定める「国際平和デー」(9月21日)に合わせた若者オンラインイベントでは、スピーチを披露する一人に選ばれた。楢崎さんは動画で「75年は草木も生えないと言われながら、被爆後まもなく電車が動き、学校が始まった。広島の復興は新型コロナウイルスを克服するヒントになる」と主張。「世界はつながっている。明日への希望を持ち、国際社会の一員として助け合い、平和のために行動することが大切だ」と訴えた。

 イベントには、アフリカやアジア、北米、南米など世界中から約20人が参加した。配信された動画を見た楢崎さんは「苦しい時期もあったが、やりたいことを胸を張って言えるようになってよかった」と頬を緩めた。将来は米国の大学に進学し、日米両国の学生の橋渡しをすると誓っている。

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2518730 0 ニュース 2021/11/14 05:00:00 2021/11/14 05:00:00 2021/11/14 05:00:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/11/20211113-OYTNI50053-T.jpg?type=thumbnail

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