読売新聞オンライン

メニュー

ニュース

動画

写真

スポーツ

コラム・連載・解説

発言小町

漫画

教育・受験・就活

調査研究

紙面ビューアー

その他

サービス

読売新聞のメディア

購読のお申し込み

読売新聞オンラインについて

公式SNSアカウント

〈6〉フルテック 古野重幸社長

スクラップは会員限定です

メモ入力
-最大400文字まで

完了しました

自動ドア 付加価値磨く

※佐々木紀明撮影
※佐々木紀明撮影

 自動ドアの販売・施工・メンテナンスを手がけ、北海道を拠点に東北、関東へと販路を広げてきたフルテックは昨年12月、札幌支店を移転・新築し、今年1月には福岡に支店を設けました。自動ドア以外にも自転車パーキングなど、事業拡大に意欲を燃やす2代目の古野重幸社長(63)に、コロナ禍の中での戦略や経営理念など幅広く聞きました。(聞き手 読売新聞北海道支社長 稲葉光秋)

 ◆32歳で就任

 稲葉 今年は新年早々、福岡市に支店を出されました。

 古野 当社は北海道から東北、首都圏へと販路を広げてきました。名古屋、大阪を飛び越して福岡にした第一の理由は、その活力と市場性です。大阪のような大きな都市よりも、規模的に札幌に近い中核都市の方が存在感を出しやすいということもありました。

 稲葉 自動ドアは近年、防犯性や非接触という衛生の面でも注目されています。

 古野 確かに最近はセキュリティーが需要を底堅くしてきました。フロアごと、部屋ごとに認証が必要な自動ドアが設置されるようになっていますから。非接触という点では、新型コロナウイルスの感染拡大で改めて注目されていますが、もともと病院や食品工場、給食センターなどの需要はありました。コロナ後は、トイレの手動ドアを自動にするというニーズも増えていますし、手を消毒しないと自動ドアが開かないようにするシステムの販売も始めました。

 稲葉 ところで、社長は大学卒業後、トヨタ自動車工業に入社されましたね。

 古野 ええ、自動車に使う部品の仕入れ先と価格を決める購買部(現在は調達部)という部署に7年いました。好きな英語を生かした仕事をしたいと思っていましたので、最後の1年は米国出張もできて、仕事も楽しくなってきた頃だったんですが。

 稲葉 では、どうして戻ることに?

 古野 父が体調を崩し、母が「戻ってきてほしいみたいよ」って。栗山町の実家はもともとブロック製造などの商売をしていて、自分は長男ですから、父が望んでいるならと。悔しかったけど、30歳で戻ってきました。2年後、父は63歳で亡くなりました。

 稲葉 32歳で社長に就任されたわけですね。

 古野 大変でした。当時はバブルの絶頂期で業績も悪くなかったのですが、社内ではいろいろとありました。会社が二つに割れるのではと思ったくらいです。経営の大事なことで意見の対立もありました。でも、おかげで鍛えられました(笑)。

 稲葉 トヨタでの7年間は役に立っていますか。

 古野 それはもう。ビジネスの基本を教えてもらいましたから。トヨタは当時で従業員6万人の大企業でしたが、その6万人が同じ物差しを持っているんです。一秒でも早く、一円でも安くという価値観です。それに、全員が常に危機感を持っていて、改善を繰り返す。1年前と同じことをしているのは恥だという文化がある。これを経験できたのは大きいですね。

 稲葉 今の会社にもその精神は伝わっていますか。

 古野 前例主義ではなく、改善を繰り返す、ということは30年間言い続けてきましたので、少しはプラスになっているのではないかと期待はしていますが。

 ◆見えない柱

 稲葉 経営に際して、大切にしていることは?

 古野 当社には「フルテックスピリット」という社是や経営理念を書いたものがあって全社員が携帯しています。その冒頭にあるように、会社には「見える柱」と「見えない柱」があります。見える柱とは販売網や商品、設備、従業員。見えない柱は社風とか経営理念、社員の考え方や態度です。見える柱より見えない柱の方が大切であるという考えは、今も変わりません。

 稲葉 経営理念の第一に、「豊かになるための集団」を挙げていますね。

 古野 社員の所得を第一に掲げる企業は珍しいのではないでしょうか。当社は社員第一主義です。全ての仕事は社内一貫体制で、外注やパート、アルバイトは使わず、終身雇用制を是としています。社員の質は経営者の質で決まる。会社は社長の器以上にはならないとよくいわれますが、その通り。トップがどんなビジョンを描いて、社員を引っ張っていくかが大事です。

 稲葉 手紙をよく書くそうですね。

 古野 東京に進出する時も、寺岡オートドアの社長に長文の手紙を書きました。代理店にはテリトリー制があって、メーカーの承諾が必要だったからです。今は毎週月曜日、「社長通信」というタイトルで社内のネットにトピックを書いて、思いを伝えるようにしています。

 ◆全国展開へ

 稲葉 再来年、創業60周年を迎えます。今後の展望は。

 古野 将来的には全国展開を目指します。現在の全国シェア(占有率)は約10%。北海道、東北は50%に達して業界一ですが、他の地域は他社に水をあけられています。主戦場の首都圏は今後も再開発がありますから、さらに掘り起こして、関東のシェアを現在の15%から20%に持っていきたい。業態としては、自動ドアの駆動部分だけでなく、サッシやガラスも含めフロント全部をまとめて取り換えるトータルリニューアルに力を入れ、メンテナンス部門を伸ばしたい。もう一つは、自転車のパーキング事業です。

 稲葉 自動ドアを利用したマーケティングにも取り組んでいらっしゃるそうですね。

 古野 当社は現在、全国で28万台の自動ドアを管理しています。ガラス面に広告を出すとか、通過したお客様のスマートフォンに商品情報を送るとか、いろいろなことを考えています。自動ドアというハードを生かして、今後も付加価値を高めるビジネスをしていきたいと考えています。

 【ふるの・しげゆき】 栗山町生まれ。1981年、早稲田大学政治経済学部卒。同年、トヨタ自動車工業(当時)に入社。88年、東日本寺岡オートドア(当時)に入社。90年10月、代表取締役社長に就任。2014年から全国自動ドア協会副会長。

 【フルテック】 1963年、自動ドアメーカー「寺岡オートドア」の北海道地区販売代理店「北海道寺岡オートドア」として創業。2015年から現社名に。本社・札幌市。昨年末現在の従業員数は715人(連結)。昨年の売上高は116億7000万円(同)。

対談を終えて

 ◆会社支える哲学 忘れず

稲葉支社長(右)と談笑する古野社長
稲葉支社長(右)と談笑する古野社長

 マンションで、職場で、買い物先で――。毎日、頻繁にその機能の恩恵を受けていながら、「自動ドア」の存在を改めて意識することがほとんどない、という人は多いのではないか。

 それでも、セキュリティー意識の高まりや、コロナ禍で“非接触”が求められる中、自動ドアの需要は大きいし、会社も前途洋々のはず。福岡に進出したばかりの古野社長はしかし、慎重な姿勢を崩さない。

 「今や、商品としての特殊性が薄れ、差別化が難しい。まったく別の業界がこの事業に参入してくる可能性も十分あるんです」

 創業者の父親が体を壊したことで、4人兄弟の長男として勤務先を退職し、32歳で急きょ、社長に就いた。苦労を重ねて販路を本州や九州に伸ばした一方で、常に肝に銘じている考えがある。「会社を支える『見えない柱』は社員の質。社員の質は経営者の質、器で決まる」。想定外の若さで経営を継いで約30年の間に行きついた信念だ。思いを社員にも伝えたいと、毎週、社内のネット掲示板に随想を載せている。

 愛読書は塩野七生「海の都の物語」。大国に囲まれながら交易の知恵で長く生き延びたベネチアの姿に、自らの国や会社を投影する。

 今後は自動ドアをマーケティングの分野でも生かしていくという。業容を拡大しても、見えない柱の哲学を忘れることはない。そんな経営者だと感じた。

無断転載・複製を禁じます
スクラップは会員限定です

使い方
1930684 0 支社長対談 2021/03/23 05:00:00 2021/04/14 12:22:00 2021/04/14 12:22:00 稲葉支社長(右)と対談するフルテックの古野重幸社長(8日、札幌市北区で)=佐々木紀明撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/03/20210323-OYTAI50003-T.jpg?type=thumbnail

ピックアップ

読売新聞購読申し込み

読売IDのご登録でもっと便利に

一般会員登録はこちら(無料)