(28)ニセコ 雪崩で死ぬな 新谷 暁生(しんや あきお)さん71 

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「レジェンド」危険情報発信

ゲレンデをパトロールする新谷さん。「スキーヤーに自己責任論を押しつけても事故は防げない」と語る(ニセコ町で)=沼田光太郎撮影
ゲレンデをパトロールする新谷さん。「スキーヤーに自己責任論を押しつけても事故は防げない」と語る(ニセコ町で)=沼田光太郎撮影

 吹雪に逆らうように、圧雪車でニセコ町のモイワ山(839メートル)の頂に向かった。低く太い声が、真っ白な雪原に響く。「こういう荒れた日は雪崩が起きやすい。油断は絶対に禁物だ」

 麓でロッジを経営しながら、この地域の雪崩リスクを予測する「ニセコ雪崩調査所」の所長を務めてきた。登山家、冒険家、シーカヤックガイドでもある。大自然を熟知する彼を、地元の人は「ニセコのレジェンド」と呼ぶ。

 札幌生まれの団塊世代。「勉強より山岳部の活動に夢中」だった青年は、札幌西高に4年、酪農学園大には7年通った。卒業後、ヒマラヤの登山者を助けるシェルパ族と暮らした。

 帰国後の1972年、札幌五輪の記録映画のカメラマン補助に。誰かを支えるシェルパのような仕事が好きなのだと悟った。学生の合宿が多いニセコに移住したのは74年。27歳の頃だった。

ヒマラヤ山脈の登山隊隊長を務めた新谷さん(中央、1986年撮影)=提供写真
ヒマラヤ山脈の登山隊隊長を務めた新谷さん(中央、1986年撮影)=提供写真

 登山は続けてきた。三浦雄一郎さん(86)の登山隊の一員として南米最高峰のアコンカグア(6962メートル)に挑戦。険しい旅を共にし、「登山隊の仲間と飲んだワインの味は格別だった」と振り返る。

 それだけに、悔しくて仕方なかった。決して険しくない、このニセコで命を落とす人たちを見るのは――。

 周辺では毎年のように雪崩事故が起き、移住後から99年までにスキーヤーら9人が死亡。「日本で最も雪崩事故が多い」と言われた。圧雪されたコースを滑っていれば雪崩など起きない。コース外を滑走する「バックカントリー」で雪庇せっぴなどに人為的に衝撃を加えたケースがほとんどだった。

 理由は、ニセコに降る世界屈指の粉雪の魅力にもある。「『誰も踏み込んでいない新雪を滑りたい』という冒険心はわかる」。しかし、ルールなしの自己責任論で命は救えない。町と協力し、事故防止対策に乗り出した。

 自身も雪崩にのまれた経験がある。学生時代、定山渓天狗岳(1144メートル)を登山中に雪崩に遭い、200メートル以上流された。奇跡的に無傷だった。92年、パキスタン北部のラカポシ山(7788メートル)で氷河崩壊に襲われ、クレバスに飛び込んで九死に一生を得た。生き延びた幸運を、ここで生かしたかった。

 2001年、ニセコ周辺の五つのスキー場のコース外滑走について、九つの約束事<ニセコルール>を定めた。ルール厳守を条件にコース外につながる11か所のゲートを例外的に開放し、「滑る人の自由」を尊重する取り組みだった。

 明記したのは、「立ち入り禁止区域にいかなる理由があっても入ってはならない」「ゲートが閉じられているときはスキー場外へ出てはならない」という基本。違反者からリフト券を没収する厳しさも忘れなかった。

 雪崩の調査も本格的に始めた。活動は、午前4時台にモイワ山頂で吹雪の強さなどをチェックし、周辺の山のパトロール隊員らと連絡を取ることから始まる。圧雪車のブレードで雪庇に触れ、崩れ方などで雪崩リスクを予測する独特の手法を使う。

 集めた情報を分析して、「ニセコなだれ情報」として日本語と英語でネット配信する。12~3月のシーズン中は一日も休まない。なだれ情報は、滑走者を支える命綱だからだ。

 10年間、死亡事故は一件も起きなかった。

 危険情報を隠さず、スキーヤーの判断でコース外使用を認める〈ニセコルール〉は全世界に知れ渡った。なだれ情報のアクセス数は1日で1万を超える日もある。

 急速に外資化するニセコ。スキー場を買ったある外国人経営者には、「日本人の決めたことなんて守るか」と言われた。「経営者がルールを無視してどうする」。片言の英語で激怒し、雪崩の危険性を力説した。

 「当てつけだと思うけど、そいつがニセコのコースに名前をつけた。『レジェンド・オブ・シンヤ』って」

 事故は完全になくなってはいない。雪崩だけでなく、転落や衝突で犠牲者は出ている。世界中から訪れたスキーヤーらが自らの名のついた斜面にシュプールを刻んでいく。見守りながら、伝える言葉は変わらない。「冒険のフィールドは無限だ。だからこそ、ニセコの雪崩なんかで死ぬな」

(増田知基)

481431 1 この道 2019/03/10 05:00:00 2019/03/10 05:00:00 2019/03/10 05:00:00 この道・ニセコ雪崩調査所の新谷暁生さん(1月29日午前、ニセコ町で)=沼田光太郎撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/03/20190310-OYTAI50008-T.jpg?type=thumbnail

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