焼失の竪穴住居再建 美浦「陸平貝塚」 住民の尽力再び

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竪穴住居の復元作業をする地域住民ら(2月17日、陸平貝塚公園で)
竪穴住居の復元作業をする地域住民ら(2月17日、陸平貝塚公園で)

 国史跡に指定されている縄文遺跡「陸平おかだいら貝塚」がある美浦村の公園で、竪穴住居が再建された。10日に公園で完成式が行われる。地域住民の協力でいったん復元されたものが、2017年に焼失。それでも、「地域の象徴がないのは寂しい」と再び住民が立ち上がり、再建に尽力していた。

 村文化財センターによると、竪穴住居は約15年前、地域住民らで作るボランティア団体「陸平をヨイショする会」が中心となって復元。発掘された縄文中期(約4500年前)の住居跡を参考に、2年がかりで高さ約3メートル、幅約5メートルの竪穴住居を完成させた。荒れ果てた遺跡周辺の草刈りや材料調達など共同作業の結晶だったが、17年11月、防虫対策などのため行った薫蒸作業の火が燃え移り、焼失してしまった。

 昨年4月から始めた今回の再建作業にも、住民が協力した。15年前のメンバーたちは高齢化や転居のため、ほとんど残っていなかったが、住民参加型の財産にしたいという中村哲也センター長が熱心に声かけを行った。

 前回の中心メンバーで、建設業の経験から茅葺かやぶき屋根の専門知識を持つ渡辺長市さん(84)は高齢を理由に一度は固辞したが、熱意にほだされた。ボランティア団体の松葉統子さん(75)と海道民子さん(70)も、「あの時は腰の高さまであった草を刈り取るところから始まった。買った鎌が1日で駄目になってしまった」と、15年前を懐かしみながら参加した。

 歴史を学ぶ筑波大生も加わり、50人ほどが集まった。作業はなるべく縄文時代を再現し、手製の石斧せきふで栗の木を削って木の柱を製作。柱などをくくる縄も、桑の木の皮を剥いで作った。栗の木を使った屋根の骨組みの上にはわらを敷き、茅の束を載せる際には、屋根が腐らないよう、隙間を埋めるためにたたきながらそろえた。

 「木を結束する縄はどうしようか」「木は何の木なら当時の生活に合うのか」――。15年前、参加者同士で知恵を出し合った復元ノウハウが今回も生かされた。中村センター長は「もう一度、一緒に完成させることで地域の結束が高まった。記念講演や展示などを行い、陸平貝塚の価値を改めて伝えていきたい」と語る。

 陸平貝塚は佐々木忠次郎と飯島いさおが1879年(明治12年)に日本人として初の学術的な発掘調査を行った「日本考古学の原点」とされる。2人は大森貝塚(東京)の発見者として知られる米国人エドワード・モースの弟子だ。今年はこの初の学術調査から140年となる。

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476990 0 ニュース 2019/03/08 05:00:00 2019/03/08 05:00:00 2019/03/08 05:00:00 竪穴住居の復元作業をする地域住民ら(2月17日午後2時56分、美浦村の陸平貝塚公園で) https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/03/20190307-OYTNI50010-T.jpg?type=thumbnail

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