文字サイズ

    山田で語り部タクシー

    社長の山田さん 「自分で自分守る意識を」

    • 東京から来た参加者に震災当時の様子を語る立花正男さん(10月31日、山田町で)
      東京から来た参加者に震災当時の様子を語る立花正男さん(10月31日、山田町で)

     山田町で被災した商店主らが始めた東日本大震災の語り部活動が好評で、全国から参加者が絶えない。活動のリーダーを務めるタクシー会社社長の立花正男さん(65)は、歩いて案内するだけでなく、「語り部タクシー」も運行している。(福元洋平)

     「津波が来たとき、この公園は海の中の島になった。ヘドロと一体になって押し寄せたがれきで傷つけられ、手足のない遺体も多かった。そこが津波の怖さです」。10月31日、海を見わたす高台の公園で、立花さんが震災当時の写真を見せながら語ると、東京から来たピアノ講師外山浩之さん(43)は無言でうなずいた。

     避難所にもなった高台の織笠小学校に向かう階段に立つと「この高さまで津波が来た」と話す。そこで披露するのは、ある母子の悲劇だ。息子が高齢の母親の手を引いて織笠小を目指したが、階段を上る途中で津波に追いつかれ、母は流され、息子は生き残った。「災害では誰も助けてくれない。自分の身は自分で守る意識が必要だ」と力を込める。

     語り部活動は、町内の個人事業者が参加する「新生やまだ商店街協同組合」が今年1月から始めた。仮設店舗を拠点にする立花さんら約10人が、仕事の合間をぬって、毎月30組程度の参加者を受け入れて各自の体験や思いを披露している。

     立花さんが伝えたいのは、防災意識の徹底だ。そこには、震災時に適切な行動がとれなかった自身への反省もこめられている。

     立花さんが経営する「マリンタクシー」事務所は、海沿いにあった。地震の後、車2台を織笠小に運んだが、無人の事務所が気になって坂を下りようとした。途中で偶然知人と出会い立ち話を始めなければ、事務所とともに津波に流されていた。「過去の大津波を知っていても『まさか、そんな津波は来ないだろう』という根拠のない思い込みがあった」と振り返る。

     震災後は無事だった車を使い、避難所で不足していた物資を運ぶため、片道2時間以上の山田―盛岡間を連日車で往復した。

     人口流出が止まらない町の現状に危機感を抱くが、10か月で全国から約800人が来てくれた語り部活動に手応えを感じている。立花さんは「語り部活動が、少しでも町の活性化に役立てば」と期待する。

     語り部タクシーは1時間で5100円。歩いて回る「被災ガイド」は3時間まで3000円。いずれも1組あたりの料金(人数によって変更あり)。問い合わせは、組合事務局(0193・77・3732)。

    2013年11月09日 23時41分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
    PR
    今週のPICK UP

    理想の新築一戸建て