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    (2)愛護団体 救護に奮闘

    • 震災後、宮古市から引き取った猫を見守る下机さん(雫石町で)
      震災後、宮古市から引き取った猫を見守る下机さん(雫石町で)
    • 宮古市で開かれた譲渡会でペットの様子を見る田口院長(右)。被災して飼えなくなった犬と猫計16匹が内陸部などの飼い主に引き取られていった(2011年4月17日)=田口院長提供
      宮古市で開かれた譲渡会でペットの様子を見る田口院長(右)。被災して飼えなくなった犬と猫計16匹が内陸部などの飼い主に引き取られていった(2011年4月17日)=田口院長提供

     東日本大震災から1か月後の2011年4月。雫石町の動物愛護団体「動物いのちの会いわて」の保護施設に、山田町で拾った茶トラの雄猫がトラックで届けられた。

     火災から逃げ延びた猫は黒っぽく焼け焦げ、肉球がはがれていた。「もうダメかな」と思いながら、下机しもつくえ都美子代表(64)は動物病院に車を飛ばした。

     治療のかいもあって、猫は回復。毛並みも明るい茶色に戻り、会のスタッフが「茶介ちゃすけ」と名付けた。しばらく施設で育てた後、11年12月に山形市の40歳代の女性に引き取られた。

     昨年末、下机さんは久しぶりに女性に電話をかけた。「(茶介は)幸せにしてますか」と尋ねると、「丸々としてますよ」と明るい声が返ってきた。

     下机さんは茶介を思い浮かべてつぶやいた。「お前、生きてて良かったね」

    □   □

     「いのちの会」が4年間に保護した被災地の犬や猫は400匹以上に上る。

     県は震災直後の3月22日に、県獣医師会や九つの動物愛護団体などと救護本部を設置。「いのちの会」もその一員として、毎週末、支援の届かない民家などを回った。全国から寄付されたペットフードを配り、飼い主の相談を受けた。

     秋からは、仮設の被災者が手放したり、飼い主が分からなくなったりした動物を保健所や動物病院から引き取った。通常、160匹ほどいた施設は、260匹近くに膨れあがり、新しい飼い主探しに追われた。事務所の電話を転送していた携帯電話は夜もひっきりなしに鳴り、下机さんはほとんど寝る間がなかった。

     原動力になったのは、被災地で飼い主たちにかけられた言葉だった。ペットフードを配った時、「どこにも売ってないから助かった」「また来てね」と喜んでもらえた。夫が津波に流され、犬と助かった女性もいた。「ペットがいるから頑張れる」との声も多く聞いた。「頼ってくれる人たちがいる。私たちがやらなければ」

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     震災の数日後、宮古市の避難所にポスターが張り出された。

     「被災した動物 預かります」

     手書きしたのは「グリーン動物病院」(宮古市宮町)の田口庸蔵ようぞう院長(66)だ。被災を免れた病院には、次々と犬や猫が運ばれてきた。多い時で約40匹。入院施設はすぐにいっぱいになり、ロビーや廊下にケージが並んだ。

     田口院長は避難所を回り、ペットフードを配布。ストレスからか体調を崩した犬や猫を無料で診察した。病院では、飼い主でつくる「MAPフレンズ」のメンバーが散歩や餌やりなどの世話を続けた。

     MAPとは宮古アニマルパートナーの略称。病院に来る飼い主たちに呼びかけ、田口院長が2007年につくった。現在のメンバーは約40人。街の清掃活動やしつけ教室などで飼い主同士が交流してきたことが、震災時に生きた。震災の1か月後には、被災して飼えなくなったペットの譲渡会を市内で開くなどして、飼い主を支えた。

     「災害への備えで必要なものは何ですか」と尋ねられた時、田口院長は決まってこう答える。

     「フードやケージの備蓄より、何よりも大切なのは人のつながりだね」

    2015年02月25日 05時00分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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