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    大型店に集客共存模索

    • 新しい中心街の核としてにぎわう「イオンタウン釜石」。左は、被災店舗などが入る「タウンポート大町」(2月、釜石市で)
      新しい中心街の核としてにぎわう「イオンタウン釜石」。左は、被災店舗などが入る「タウンポート大町」(2月、釜石市で)

     日曜日の釜石市中心部。東日本大震災後に新しい街の“顔”として誕生したショッピングセンター「イオンタウン釜石」は、家族連れや若者グループでにぎわっていた。2月末には全国チェーンの牛丼店も開店し、さっそく並ぶ人もいた。

     津波で甚大な被害を受けた中心部の再生に、釜石市は津波復興拠点整備事業「フロントプロジェクト1」を打ち出した。大型商業施設の集客でにぎわいをつくり、文化拠点となる市民ホールなどの整備で「将来にわたり都市機能を維持できる、安全で魅力ある市街地再生」をうたう。その核として出店を打診したのがイオングループだった。イオン側も「復興の役に立てる」と決断し、急ピッチの準備で2014年3月に開店した。

     14日でオープンから2年。総合スーパーと約50の専門店が入り、約1200台分の駐車場や館内で行われるイベントに、様々な年代が足を運ぶ。集客実績は年間約235万人。平日は6000~7000人、週末は1万1000~1万2000人で、イオンタウン釜石の佐々木英孝・営業マネジャーは「当初見込みを少し下回るが、売り上げはほぼ予想通り」と分析する。

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     多くの地方都市ではこれまで、郊外型の大型商業施設の進出によって人の流れが中心部から離れ、昔からの商店街がさびれる現象が起きていた。釜石は、その集客力を逆に生かそうという狙いだが、再出発したばかりの小規模店にとって、効果や影響は未知数だ。

     イオンタウンに隣接する「タウンポート大町」は、第3セクター「釜石まちづくり」が整備し、被災した店など9店が入る。宝飾店「アトリエ金と銀」の山崎詔子さん(63)は「大型店のお客さんが流れてくることはない」としながらも、「何もなくなったがれきの街に、イオンは希望だった。客を取られると反対する声もあったけれど、街が大きくなり、人が集まることが大事だった」と振り返る。

     宝飾品製作・修理の技術が高く、20年以上の歴史がある店は津波で全壊した。しかし、「大事な真珠が海水で変色した」「津波で亡くなったおばあちゃんの形見の指輪を自分に合わせたい」といったお客さんの声に背中を押され、仮設店舗を経てタウンポートで再建した。「震災から時間がたち、最近、お客さんが戻ってきた。イオンに来たからと立ち寄ってくれる人もいる」と立地の効果も感じている。

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     震災前は約2キロにわたって4商店街が連なった目抜き通りも、少しずつ店が戻っている。衣料品や寝具、贈答品などを扱う「リビングハウスこんの」は、市の整備事業に伴う移転で新しい店舗を建設中だ。代表の金野光宏さん(73)は「大型店の誘致は、釜石全体を考えればにぎわいにつながるが、既存店には厳しい」と明かす。「今は復興需要があるが、落ち着けば人口が減り、難しい時代になっていく。大型店ではできないこと、独自のものを展開していく道を模索しなければ」と気を引き締める。

     大型商業施設への流れをどう街へ波及させ、にぎわいを広げていくか――。再起を図る商店主たちにとって、これからが正念場だ。

    2016年03月05日 05時00分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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