(4)国際情勢 見極め必要

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 一冊の漫画本が昨年、県庁職員や国際リニアコライダー(ILC)関係者の間で話題になった。

 「会長 島耕作」

 人気漫画シリーズの12巻目はILCがテーマ。経済団体トップである主人公の島が、岩手へのILC誘致に奔走する設定だ。作者の弘兼憲史さん(73)が科学者らへの取材を基に描いた。

 漫画の中で、岩手に誘致を急ぐ理由として描かれたのが、中国の急成長だ。

 現実の世界でも、中国には全長100キロに及ぶ円形の巨大加速器を建設する構想があるとされる。距離を単純に比べると、ILCの5倍だ。「日本がILC誘致を見送れば、中国に相応の分担金を支払って加速器の実験に参加することになるかもしれない。中国に覇権を握られる」というわけだ。「だからこそ日本での建設を急がないと」という待望論につながる。

 だが、中国の科学技術政策に詳しい元文部科学審議官の林幸秀氏(72)は「中国の出方は冷静に見極めるべきだ」と話す。

 今年7月、フランス南部で巨大実験装置の本体工事が始まった。そこには中国も参加するが、「覇権」ではない。太陽が燃えるのと同じ核融合反応を起こして巨大エネルギーを生み出す「国際熱核融合実験炉(ITER=イーター)」だ。

 構想は1985年に始まった。高額な建設費が負担となり、いったんは米国が撤退するなど紆余うよ曲折もあったが、現在は日本と欧州、米国、ロシア、中国、韓国、インドの7か国・地域で約2兆5000億円の費用を分担する。文部科学省によると、建設期の分担割合は欧州が45・5%で、ほかは9・1%ずつだ。ITER候補地としてフランスと争った青森県六ヶ所村には現在、「国際核融合エネルギー研究センター」が置かれ、フランスの実験炉の次の段階となる商業発電に向けた研究が進んでいる。

 林氏によると、中国は宇宙開発や人工知能(AI)、軍事研究に力を注ぐが、ILCなどの基礎科学の研究は実用化に乏しく、関心は低い。全国人民代表大会は来年に新たな5か年計画を採択する方針だが、巨大円形加速器計画を盛り込むかは不透明だという。林氏は「加速器研究では中国は格下。日本は慌てる必要はない。計画が生半可なまま動き出して頓挫したら、元も子もない」と話す。

建設中に頓挫した米国の超伝導超大型粒子加速器の敷地。奥に地上施設が見える(2000年2月、米テキサス州で)=瀬川至朗・早大教授撮影
建設中に頓挫した米国の超伝導超大型粒子加速器の敷地。奥に地上施設が見える(2000年2月、米テキサス州で)=瀬川至朗・早大教授撮影

 国際協力の面で、「中国脅威論」よりもむしろ真剣にとらえるべきことは、米国での加速器開発の歴史だろう。

 米テキサス州で1983年、高エネルギー物理学史上で「究極」とされた加速器を作る「超伝導超大型粒子加速器(SSC)」の国際計画が持ち上がった。だが、10年後の93年、米連邦議会は計画中止を決めた。既に全体の2割のトンネルが建設されていた中での前代未聞の事態で、世界の研究者に衝撃を与えた。当時の米国は深刻な財政難に苦しんでおり、資金のめどがつかなくなったのだ。

 「ILCもSSCも状況が似ている。米国の教訓を他山の石とすべきではないか」。SSC計画の一部始終を2003年に博士論文にまとめた綾部広則・早大教授(52)(科学社会学・科学技術史)が話す。

 SSCの建設地はテキサスの荒野。ILC候補地である北上山地も広大で、電線や道路などの社会基盤(インフラ)を整備しなければならない。

 「他分野の科学者を含めた学術界の合意が十分に得られていない」という点も共通するほか、今の日本も巨額の財政赤字を抱え、少子高齢化に伴う社会保障費や新型コロナウイルスへの対応で膨大な財政支出を余儀なくされている。綾部教授は「巨大な研究施設が完成するかどうかは、最後はカネに尽きる。国民や科学者らの理解を得る必要がある」と話す。

 SSC計画が浮上した83年頃は米ソ冷戦のまっただ中だった。今は米中対立が様々な分野に影響を及ぼしている。変化する国際情勢に合わせ、科学研究の枠組みも変わる。巨額の財政支出を伴う大型研究で「先見の明」を養うのは、たやすいことではない。

超伝導超大型粒子加速器(SSC)

 米テキサス州で進められた素粒子実験施設の国際プロジェクト。東京23区に匹敵する面積に全長87キロの円形加速器を地下に設置し、陽子ビームを衝突させる実験が計画された。当時はヒッグス粒子発見の期待も高まった。建設費は当初予定の4倍近い約110億ドル(約1兆3000億円)に増え、日本も約15億ドル(約1800億円)分の現物供与を求められた。

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1537027 0 ILCの実像 2020/10/06 05:00:00 2020/10/10 11:50:45 2020/10/10 11:50:45 建設が途中で頓挫した超伝導超大型粒子加速器の敷地。奥には地上施設が見える(2000年2月、米テキサス州)=瀬川至朗早稲田大教授撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/10/20201010-OYTAI50027-T.jpg?type=thumbnail

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