菅江真澄の和歌発見…平泉の旧家

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中尊寺 秀衡六百年忌

平泉町の旧家で見つかった菅江真澄に関する新資料(平泉文化遺産センターで)
平泉町の旧家で見つかった菅江真澄に関する新資料(平泉文化遺産センターで)

 平泉近世古記録調査会(代表=千葉信胤・平泉文化遺産センター館長)は、江戸時代後期の文人、菅江真澄に関する新資料が平泉町の旧家で見つかったと発表した。

紀行文裏付け新資料

 菅江は愛知県生まれの旅行家で、東北地方などを訪れて民衆の暮らしを日記や和歌、絵に記した。

 新資料は、藤原秀衡六百年忌にあたり中尊寺で1786年に開かれた漢詩、和歌などの集い「冬懐旧」に寄せられた詩歌を記録した冊子で、江戸時代の写本とみられる。調査会が昨年5月、室町時代から続く旧家で偶然発見したという。

 六百年忌や冬懐旧については、菅江の紀行文「雪の胆沢辺」に記載があるが、中尊寺では資料が見つかっておらず、これまで詳細が不明だった。

 冊子には漢詩34首、和歌110首、俳諧14句が掲載されている。和歌の筆頭に、菅江の当時の名乗り「秀雄」と、在所と本名の「三河岡崎白井英二」が書かれ、「埋もれぬ名のみは高く顕われて雪に跡なき昔をぞ思ふ」という和歌が記されている。菅江は「雪の胆沢辺」の中で、「埋れぬ名のみばかりはあらはれてゆきにあとなきむかしをぞおもふ」という歌を詠んだとしており、ほぼ一致する。

 他の和歌も調べ、作品を寄せた110人中61人が特定された。一関藩士や中尊寺僧侶、仙台城下の儒者、当時盛岡藩に属した黒沢尻(現北上市)の俳諧連中の中心人物など多彩で、冬懐旧が大きな催事だったことが分かったという。

 鑑定を行った秋田県立博物館の松山修主任学芸主事は「『雪の胆沢辺』の記述が裏付けられた点で貴重な資料。菅江が一番に書き出されていることは、愛知県出身の菅江が東北に来てすぐ評価されたことの表れではないか」と分析。今後、冊子に登場する他の文人を通して新資料が見つかることを期待した。

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63276 0 ニュース 2019/01/22 05:00:00 2019/01/22 12:05:39 2019/01/22 12:05:39 平泉町内の旧家で見つかった菅江真澄の新資料。和歌の部の筆頭に、当時の名乗り「秀雄」と、在所と本名の「三河岡崎白井英二」で、菅江真澄の和歌「埋もれぬ名のみは高く顕われて雪に跡なき昔をぞ思ふ」が掲載されている(1月17日午後0時34分、平泉町の平泉文化遺産センターで)=平本秀樹撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/01/20190122-OYTNI50011-T.jpg?type=thumbnail

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