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瀬戸内少年野球団 徳島県阿南市

ロケの記念碑をたてる発起人となった林さん(徳島県阿南市で)
ロケの記念碑をたてる発起人となった林さん(徳島県阿南市で)
阿南市で行われたロケの記念写真。前列右から4人目が夏目さん=林さん提供
阿南市で行われたロケの記念写真。前列右から4人目が夏目さん=林さん提供

 舞台は兵庫県淡路島。太平洋戦争からの復興を目指す日本において、これからをになう子どもたちは宝。夏目雅子さんが演じる島の小さな小学校の担任・駒子先生が戦争から生還した夫がやっていた野球を通じて、子どもたちに生きる素晴らしさや夢を与える物語だ。

 なぜ徳島が関係あるのか――。実は試合シーンの一つの撮影は1984年4月6日、徳島県阿南市新野町の市新野小・中グラウンドで行われた。当時としては珍しく、木造校舎が残っていた。淡路島では見つからず、四国中を探して、やっと見つけたという。山あいにあるのどかな学校の風景も選ばれた理由の一つだった。

 木造校舎は建て替えが決まっていたが、最後の思い出づくりにと、スケジュールを先延ばしして、撮影を行った。

 「夏目さんら名だたる名優を目的に数百人が集まった。もう二度とないだろうね」と振り返るのは、当時、市の秘書企画課長を務めており、現在は日本野球連盟参与の林省司さん(83)だ。駅から数珠つなぎのようだったという。参加した地元エキストラも約300人。「一種のお祭り騒ぎやった」と林さん。撮影後は、当時の記録を残そうと、参加者らから感想を集めた。「夏目さんが美しいとか、そういう話ばっかりだった」と笑う。仕事の都合もあり、当日は夏目さんに会えなかったのが心残りだという。

 林さんは阿南市職員として教育次長などを務めつつ、野球の審判員として、甲子園で熱戦をさばく名アンパイアだった。多忙な日々のなかで、徐々にロケの思い出も胸の奥にしまった。

 転機は2016年11月、テレビで瀬戸内少年野球団のドラマ版を見る機会があった。「改めてみると、この少年少女らは私の生き写しだ」

 林さん自身も家族を失い、生きた少年だった。終戦間近の1945年5月、父がフィリピン戦線へ向かう途上で戦死。少年時代の寂しさを埋めてくれたのは野球だった。「野球をやる楽しさ、希望が私を生かしてくれた。野球で礼儀を学ぶことで、立派な大人になれた」。高校卒業後に審判員になったのも野球を通じて、少年少女らに夢を与えたり、成長を促したりする手助けがしたかったからだ。

 「阿南でこんなに素晴らしい物語のロケが行われた証しを残したい」。一念発起し、当時の岩浅嘉仁市長にかけあった。林さんにすべて任せると許可をもらうと、当時の制作関係者に資料をもらい、映画も改めて、見返した。2018年3月に現在の新野小に石碑を建て、銘を刻んだ。「白球を追う少年たちに教師が、心・技・体を鍛え磨き、野球を通じて立派な人間として成長することを願い、制作された映画『瀬戸内少年野球団』のロケーション地である」(新谷諒真)

          ◇

 1984年公開。阿久悠さんの同名小説を篠田正浩監督、夏目雅子さん主演で映画化。阿久悠さんの少年時代の自伝的物語で野球を通じて、少年少女の成長を描く。翌年に病死した夏目さんの遺作でもある。郷ひろみさんや渡辺謙さんなど、現在も活躍するスターが出演した。

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2039457 0 四国 ストーリーズ 2021/05/10 05:00:00 2021/05/10 05:00:00 2021/05/10 05:00:00 ロケの記念碑と記念碑建立の発起人となった林さん(阿南市で) https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/05/20210509-OYTAI50010-T.jpg?type=thumbnail

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