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「雨月物語」 香川県坂出市

擬古堂の前で崇徳上皇について語る奴賀さん(坂出市で)
擬古堂の前で崇徳上皇について語る奴賀さん(坂出市で)
崇徳上皇が眠る白峯御陵(坂出市で)
崇徳上皇が眠る白峯御陵(坂出市で)

 四国霊場八十一番札所・白峯寺(香川県坂出市)から山中に続く参道の先に、崇徳上皇が眠る白峯御陵がある。こけむした路面は雨上がりで湿気をはらむ。参拝者の姿はなく、木々の間から鳥の声が聞こえる。

 保元の乱(1156年)で敗れた上皇は、敵の後白河天皇らによって讃岐に流される。「我、願はくは(中略)日本国の大悪魔とならん」。かみ切った舌からしたたる血で 怨嗟えんさ の言葉を経文に刻み、失意のままこの世を去った。

 「雨月物語」の最初の怪奇談「白峯」は、上皇を慕って御陵を訪れた歌人・西行が、成仏せずに怨霊となった上皇と対面する物語だ。

          ■  □

 顔は真っ赤、乱れた髪は膝まで垂れ下がり、目をつり上げ、熱い息を苦しそうに吐く。その姿は「さながら魔王の形、あさましくもおそろし」く、西行は涙を流して歌を詠む。「よしや君昔の玉の床とてもかからんのちは何にかはせん」。成仏を願う思いに、上皇の表情は穏やかになり、姿を消す――。

 怨霊伝説ばかりがクローズアップされがちだが、地元でまち歩きツアーの案内役を務める 奴賀ぬが 憲次さん(70)は「坂出の人たちは親しみを持っている」という。「幼い頃、お年寄りたちは『崇徳さん』と呼んでいた。今もさん付けの人は少なくない」

 そんな住民の思いが伝わるのが、鼓岡神社にある擬古堂だ。上皇が亡くなるまで過ごした「 木丸殿このまるでん 」を再現しようと、住民らが1913年に寄付を募って建設した。丸太を組み立てたとされる木丸殿にちなみ、擬古堂の建材にも円柱が使われている。

 コロナ禍でツアーは休止中だが、開催時は定員いっぱいになるほどの人気だったという。奴賀さんは「和歌や笛をたしなむ文化人で、戦に敗れて都から地方に流される悲劇の人物。その両面が合わさり、日本人の心情に訴えるのではないか」と分析する。

          □  ■

 崇徳上皇について興味深い文書が、瀬戸内海歴史民俗資料館(高松市)に残されている。「崇徳天皇 御還幸ごかんこう 記見聞記録」。大阪の郷士・中 瑞雲斎ずいうんさい が1863年、直島で上皇の子孫とされる人物に会ったことが記されている。

 中は、幕末の混乱は上皇の怨霊によって引き起こされ、収束には鎮魂しかないと考え、上皇の霊を京都に戻す運動を展開。そして、当時の天皇の意向を受け、68年、京都に白峯神宮が建立され、上皇の霊が坂出から移された。

 中は運動の一環で、上皇の子孫を探すため讃岐を訪れた。田井静明館長(59)は「中が出会った人物が、本当の子孫かどうかは不明だが」としつつ、「亡くなって700年たってからも、崇徳上皇は歴史の表舞台に登場する。伝説は時代を超えて信じられ、大きな影響を持つ人物だったことを伝えている」と語る。(浦西啓介)

          ◇

 江戸時代の 読本よみほん 作者・上田秋成(1734~1809年)の怪奇小説集。「白峯」「菊花の ちぎり 」など9編からなる。溝口健二が監督し、ベネチア国際映画祭で銀獅子賞を獲得した映画「雨月物語」(1953年公開)は、9編のうち「浅茅が宿」「 蛇性じゃせい の淫」を原作としている。

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2415428 0 四国 ストーリーズ 2021/10/04 05:00:00 2021/10/04 05:00:00 2021/10/04 05:00:00 擬古堂の前で崇徳上皇について語る奴賀さん(坂出市で) https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/10/20211003-OYTAI50009-T.jpg?type=thumbnail

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