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平和の灯 祖父から孫へ

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1964年東京大会と今回の聖火リレーのトーチを、それぞれ掲げる原田さん(左)と琉禾君(徳島県吉野川市で)
1964年東京大会と今回の聖火リレーのトーチを、それぞれ掲げる原田さん(左)と琉禾君(徳島県吉野川市で)

五輪・パラへ つなぐ

 4月15、16日、東京五輪の聖火リレーが四国4県のトップを切って徳島県で行われた。その第3区(阿波市・吉野川市)の沿道に、1964年の東京大会で聖火ランナーを務めた吉野川市の原田稔さん(74)の姿があった。視線の先には今回のランナーを務める孫の 琉禾るか 君(13)。手を振りながら笑顔で聖火をつなぐ姿に「自分の時は責務を果たすことで精いっぱいだった。時代の違いを感じた」と感慨深そうに見つめていた。

 聖火リレーは36年のベルリン大会で始まった。64年東京大会では、米国統治下にあった沖縄を含む全都道府県で四つのルートに分かれて行われ、開会式の10月10日に国立競技場へ到着した。最終点火ランナーは、原爆が投下された45年8月6日に広島で生まれた坂井義則さん。日本の戦後復興と平和への願いを象徴していた。

 原田さんは当時、穴吹高3年でレスリング部主将。県大会3連覇などが評価され、阿南市の約1.7キロを走った。副走者2人と地元の中学生らを従え、沿道は日の丸の旗を振って応援する人々で埋め尽くされていた。「トーチを傾けたら火が消えるかもしれないと思い、まっすぐを見据えて走った」

 今回のリレーは2011年の東日本大震災からの復興をアピールしようと、福島県を3月25日にスタート。高齢者や体に障害がある人ら約1万人が各都道府県に設定された2~3キロの区間で聖火をつなぐ。新型コロナウイルスの感染拡大を受けて公道でのリレーが中止された府県もあり、コロナ禍収束への願いも強まった。

 琉禾君は病気で入院していた原田さんの回復を願い、自ら応募した。「僕が走ったらきっと喜んでくれる。じいじに元気になってほしい」

 当日は緊張で足が震えたが、沿道で「琉禾君、がんばれ」と古いトーチを掲げて声を張り上げる原田さんに気づいて「あ、じいじだ」と足が軽くなった。走ったのは約200メートル。「あっという間だった。体力が続く限り、もっと走りたかった」

 その後、全国各地をリレーされていく聖火から目が離せないという2人。琉禾君は「コロナが心配だけど、五輪は平和の祭典。安全に開かれてほしい」と語り、原田さんは「孫がつないだ聖火が会場で聖火台へ点火される場面を見てみたい」と開会式に思いをはせている。(望月弘行)

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2154634 0 New門@四国 2021/06/25 05:00:00 2021/06/25 05:00:00 2021/06/25 05:00:00 聖火リレーのトーチを掲げる原田さん(左)と琉禾君(徳島県吉野川市でで) https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/06/20210625-OYTAI50000-T.jpg?type=thumbnail

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