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江戸期の半鐘帰郷へ 川崎 戦時に供出?静岡で発見

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川崎市の寺へと返却される半鐘
川崎市の寺へと返却される半鐘
「武州橘樹郡河崎領」と鋳物師名の間部分などが削り取られている
「武州橘樹郡河崎領」と鋳物師名の間部分などが削り取られている

 川崎市教育委員会は2日、第2次大戦中に金属供出されたとみられる川崎区内の寺の半鐘が静岡県内で昨年見つかり、8日に寺に返却されることを発表した。江戸中期に鋳造された半鐘で、寄進されて309年後に再び寺に手渡される形だ。

 市教委によると、半鐘は昨年8月、静岡県富士市内の鉄工所で発見された。半鐘は青銅製で、高さ約64センチ、最大径約37センチ、重さ約30キロ。表面の銘文は一部削り取られているが、「武州橘樹郡河崎領」(現川崎市)と、江戸神田の鋳物師「小沼播磨守こぬまはりまのかみ」の文字が読み取れた。

 川崎市教委は削り取られた部分を調査し、中島村(現川崎区中島)の「光明山遍照寺へんじょうじ」や住職名、寄進年を示す「正徳元辛卯天十二月」(1711年12月)の文字を確認。同寺には供出した記録は残っていないが、市教委は、戦時中に公布された金属類回収令に基づいて手放したと判断した。

 市教委の担当者は銘文が削り取られた理由について「供出にわだかまりがあったか、自分たちの寺から出したと外部に知られることに抵抗感があったのでは。半鐘への愛着によるものと推測している」と語った。

 同寺は1945年4月15日の川崎大空襲で本尊を残して焼失しており、住職や檀家だんかは「当時を伝える地域の貴重な財産」と歓迎しているという。半鐘は8日に返却され、来年2月以降は市役所第3庁舎や市平和館(中原区)で一般公開する予定。

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1673104 0 ニュース 2020/12/04 05:00:00 2020/12/04 05:00:00 2020/12/04 05:00:00 静岡県で見つかり、戦後75年を経て川崎市の寺へと返却される半鐘 https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/12/20201203-OYTNI50046-T.jpg?type=thumbnail

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