記録正確練習メニューも提示

(上)GPSマラソンの相棒

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 平成時代は、様々な科学技術が花開いた。人工衛星やコンピューターをフル活用した情報通信技術は、その最たる例だろう。この30年間で人々の生活に広く浸透した技術を振り返りながら、新時代を展望する。

 市民マラソンが盛況だ。各地の大会では「スタートから5キロ地点」など目安を通過するたび、集団を作るランナーの腕から一斉に「ピピッ」と電子音が鳴る。

 音の正体は、GPS(全地球測位システム)ウォッチ。1999年に初めて登場した。ランナーの体調を把握し、適正なペースを教える。昭和の昔、旅客機の操縦室や病院の検査室にあった機能が、平成時代の終わりには、腕時計一つに収まるまでに進化した。

 自分は今、世界のどこにいるのか。太陽や星、地図、コンパスなど、人は知恵や道具を駆使し、位置を正確に知ろうと努めてきた。

 米ソ冷戦時代の1964年、GPSの前身となる人工衛星システムの開発が米国でスタートした。正確な位置情報は、半世紀前は軍事技術だった。

 冷戦が終結し平成時代が幕を開けた頃から、GPSシステムは民間に浸透していく。「ウィンドウズ95」に始まるコンピューターの基本ソフトウェアの普及、小さくて軽いリチウムイオン充電池の登場、液晶技術の進化などが、2000年代にモバイル通信機器の全盛時代を築いた。

 セイコーエプソン(長野県諏訪市)は09年にGPSウォッチの開発に着手し、12年に最初の製品を市場に出した。設計と開発を担った牛山憲一さん(52)は「時間と位置情報を腕時計に収める夢は、いつも抱いていた」と語る。だが、夢は想像以上の難物だった。

 GPSは、約2万キロ・メートル上空を周回する4基以上の人工衛星から届く電波を受信し、緯度、経度、高度、時間の4次方程式で位置を算出する。機能はカーナビと同じでも、アンテナ、専用のGPSチップ、電池、すべての小型化と耐久性が必要とされた。

 腕時計は「正確、止まらない、(頻繁に)充電させない」の3条件が必須という。だがGPSウォッチをランナーが装着すると、腕振りだけで重力の6倍の負荷がかかる。直射日光、汗の水分と塩分、すべて精密機器の大敵だ。

 「極限までそぎ落としつつ、性能は上げる」。牛山さんら技術者は自ら装着して走り、課題を洗い出した。作動に必要な電力は一般的なスマートフォン(スマホ)の10分の1、位置のデータ更新は1秒ごとまで縮めた。高層ビル群や山間部など、受信条件の悪い土地で位置のずれを感知し修正するプログラムも作った。最新機器は、昨年11月に運用が始まった日本の測位衛星「みちびき」にも対応させた。

 時計の裏面では、発光ダイオード(LED)で皮膚に光を当てて血流の変化を読み取り、心拍数や消費カロリー、持久力の指標となる最大酸素摂取量などを算出する。スマホのアプリと連動させれば、体への負荷を考慮した練習メニューまで提示する。

 販売を担当する村内徹さん(42)は「トップアスリートにしかできなかったデータに基づく調整が、誰でもできる時代だ。記録が伸びた、という声も届くようになった」と、手応えを語る。

 ◇ビッグデータ 新たなチャンス

 関西電力の通信系子会社ケイ・オプティコム(大阪)は大阪マラソンで、各ランナーの位置をスマホに表示できる情報サービス「ランナーズ・アイ」を提供。シューズに取り付けたICチップと、5キロごとに地面に敷いたアンテナで、3万人を超える参加者全員の動きを瞬時に把握するシステムだ。ランナーの記録を計測する技術は、応援する人々も巻き込んで大会を盛り上げるツールへと進化した。

 長年、国産ロケットの開発を主導してきた技術者で日本宇宙フォーラム常務理事の浅田正一郎さん(63)は「GPSなどの宇宙関連技術が、ここまで生活の中で発展するとは予想もしなかった」と驚きを隠さない。「国家事業だったロケット打ち上げの主役が民間に移り、GPSを内蔵した端末は世界中に広がり、そこから得られるビッグデータを解析するビジネスも登場するなど、世界が一変した。アイデア次第で新たなチャンスが開ける時代を迎えたと言えるだろう」

大阪マラソンを完走した直後の山中さん(2018年11月25日、大阪市住之江区で)=藤沢一紀撮影
大阪マラソンを完走した直後の山中さん(2018年11月25日、大阪市住之江区で)=藤沢一紀撮影

 ◇研究、ランニング辛抱強く

 京都大iPS細胞研究所長 山中伸弥さん/

 様々な種類の細胞に変化できるiPS細胞(人工多能性幹細胞)を作製し、2012年にノーベル生理学・医学賞を受賞した山中伸弥・京都大iPS細胞研究所長(56)は、大阪マラソンに計6回出場しマラソン愛好家としても知られる。山中さんがマラソンと科学技術の研究について、読売新聞社に寄稿した。

   ◇

 ランニングが日々の日課になって8年が経ちます。20代の頃、フルマラソンに出場したことはありましたが、年2~3回のペースでマラソン大会に出場するほどランニングにはまったのは、iPS細胞研究への寄付を募るために、2011年に第1回大阪マラソンに出場したことがきっかけでした。今でこそ、月300キロ・メートルを走るようになりましたが、当時、49歳だった私は20年以上ぶりとなるフルマラソンへの挑戦にづきそうになりながら、研究費のためだと自分を奮い立たせていた記憶があります。

 iPS細胞研究のように長期的な取り組みは、すぐに成果を出すことは難しく辛抱強さが必要となります。弊所には研究者のランナーが多くいるのですが、ランニングは続けることで、少しずつ走れる距離が伸びますし、練習の成果が数字に表れます。そうした点が、とても気持ちよく、研究者にとって精神面の大きな支えになるのだと思います。私は、GPSウォッチを身に着けるようになってから、走った距離やタイムを記録することで、達成感が増し、タイムも大幅に縮めることができました。

 こうしたGPS機能のあるトレーニングアプリを利用し、ランナーを対象とした様々な企画も生まれています。昨年、その中の一つである「オクトーバーラン(ウォーク)」というキャンペーンが、iPS細胞研究基金をご支援くださいました。この企画は、スマートフォンでGPS機能のあるアプリを使うと、走行距離やコースが記録され、参加者全員の10月中の走行距離がランキングで表示されます。マラソンは個人競技ですが、このような企画に参加することで、他のランナーの頑張りに刺激され、モチベーションを維持することができます。

 マラソン大会に出場するようになって、研究とマラソンに共通点が多くあることに気づきました。ゴールまでは長く、険しい道のりが続きます。折り返し地点にたどり着いても、そこからが苦しいのです。iPS細胞研究も実用化までの道のりは長く、これからが正念場です。一日でも早く難病やケガで苦しむ患者さんにiPS細胞技術を用いた新しい医療応用をお届けできるよう、これからも一生懸命に走り続けます。

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61639 0 扉を開く ハイテク生活技術 2019/01/04 05:00:00 2019/01/04 05:00:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/01/20190107-OYTAI50041-T.jpg?type=thumbnail

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