父娘確執 歴史とかみ合い

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 人気作家と読者をつなぐ「よみうり読書 芦屋サロン」の第47回は、直木賞作家の門井慶喜さんがゲストでした。「武士の農法」と題した掌編小説(10月16日朝刊掲載)を書き下ろしてもらいましたが、新型コロナウイルス感染拡大防止のため、恒例のトークイベントは中止。代わりに読者の皆さんから感想や質問を募って門井さんの仕事場を訪ね、今回の創作秘話などを聞きました。(中井道子)

あらすじ

 一人の女性が、21世紀の人々に向けた「他山の石」「advice」として、父親の生涯を語り始める。江戸・天保時代に生まれた父の名は「仙」。幕府の通訳として渡米し、帰国後は外国人向けのホテルで働いた。外国人が好んだアスパラガスなどの栽培に乗り出し、欧州の技術をまとめた著書はベストセラーになったが、学校経営には失敗。女性は、お金と名誉に執着した父の「自業自得」と切り捨てる。

 女性は次女で、父に顧みられなかったことを根に持っているらしい。8歳で米国に留学させられ、帰国時には日本語を忘れていたという。女性の名は津田梅子。「みなさんは父のようにならないでください」と繰り返すが、言葉の端々に、隠しきれない愛情がにじむ。

*津田仙 1837~1908年。佐倉藩(現・千葉県)藩士の家に生まれ、幕臣の娘と結婚、津田家を継ぐ。農学者として著書「農業三事」を出版。1876年に「学農社農学校」を開校した。

*津田梅子 1864~1929年。仙の次女。近代的な女性教育の先駆者とされ、1900年に「女子英学塾」(現・津田塾大)を創設した。2024年度に新たな5千円札の肖像となる予定。

宇那木健一撮影
宇那木健一撮影

 ――津田仙、津田梅子という父娘の史実を基にしつつ、ユニークで切なく、驚きもあるお話でした。60歳代の男性から質問です。<このお話を書こうと思ったきっかけは何ですか?>

 「最初は、津田梅子ではなく父・仙の話を書こうと思っていたんです。僕は近代建築が好きなので、日本で最初の外国人向けホテル『築地ホテル』について調べていました。その中で、このホテルに勤めていた仙の存在を知ったんです。後から、津田梅子のお父さんだと知ってびっくりしました。すごく魅力的な人ですが、成功したのが前半生だけで、後半生は失敗の連続。長編には向かないと思っていました。今回、原稿用紙9枚の小説といわれて、真っ先に思い出したんです」

 ――この短さで歴史小説を書くのは大変でしたか。

 「はい。9枚というのは、文庫本にして4、5ページです。仙の生涯を時系列に書き始めましたが、9枚だと駆け足で紹介するしかない。小説の目的は、人物を紹介することではなく読者に感銘を与えることですから、書き方をもう一ひねりする必要があると思いました。そこから僕の懊悩おうのうが始まるわけですが(笑)、娘から見た父親というのはどうだろうと発想を膨らませました。どちらかというと、必要に迫られて梅子を出した感じがあります」

 ――明治時代を生きた梅子が、現代歌人・俵万智さんの〈「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日〉を引用するというアイデアは、どこから来たのでしょう。

 「全くの偶然です。津田仙のことを改めて調べてみたら、誕生日が7月6日。たまたま俵さんの短歌を覚えていて、『そういえば津田仙といえば野菜だよね』と。僕は『現場判断』と言っているんですが、面白いものはなるべく生かしたい。サラダ記念日を入れたいがために、梅子が現代の我々に語りかける、という構想を思いついたんです」

 ――津田父娘の物語に、福沢諭吉も絡んできます。

 「津田仙は『農業三事』というベストセラーを書いた人ですが、ほとんど知られていません。福沢諭吉の『西洋事情』なら知っている人が多いので、それに続く本と説明できれば話がスムーズに進むと思いました」

 「梅子と諭吉はお札の肖像つながりで、教育者つながりでもある。しかも津田仙も学校を作り、こちらは潰してしまって。書くうちに、歴史の方が待っていたかのように情報を出してくるわけです。カタルシスですね、これはもう。めったにない幸せな体験でした」

 ――小説には、いわゆる「偉人」が出てきません。

 「津田仙は、日本の食文化にすごく貢献した人。ところが学校経営に失敗し、ベストセラーで稼いだお金を使い切ったらしいと知って、『この人、目立ちたがり屋だったのではないか』という疑いが出てきました。むしろそう解釈する方が面白い。そう思って梅子を見てみると、似てるんですよね。あの当時の女性が学校を作って経営しようと思うのは、お父さんの血じゃないかな。しかも成功したわけですから、相当、世間智にたけていたはずです」

 「『偉人』というのは本当は存在しないと思っています。業績が立派な人はいても、人物が立派な人って本当にいるんだろうかと。歴史のはるかかなたから仰ぎ見るから神格化されますが、隣人だったらそうは見えないと思う。小説というのは『隣人』を書くツールなので、小説を書こうと思うと、おのずから引きずり下ろすことになってしまう。それは意図してやるものでも、悪意でやるべきでもなく、僕は好きで尊敬するところがあるから書く。それがあれば、読み味の悪いものにはならないんじゃないかと、何となく思っています」

 ――読者からも仙さん擁護論がありました。

 「ありがたいですね。僕もこの梅子より、素直に仙に好意を持ってるんです」

 ――父娘の確執は史実でしょうか。

 「僕が調べた限り、そうした記述はありませんでした。注目したのは、梅子は父と同様に学校を経営しながらも、後を継いだわけではないという点。そこに梅子のプライドや自信があったはずで、おそらく父親に対する愛情も単純ではなかっただろうと思った。こういった人物の心理は、学者じゃなくて作家が責任をもって想像しないといけないこと。ただし、思いつきではなく、勉強しないと説得力は出ない。手を抜けないところだと思いますね」

 ――語り手が誰か途中までわからない、というミステリーの要素もあります。

 「一番の悩みどころでした。広い層の読者を想定しなければいけませんが、読者によって予備知識はバラバラです。僕なりの解決法は、ラストの処理でした。つまり『実は私は津田梅子だったんです』で終わりにせず、お父さんとの愛憎に戻る。謎解きで引っ張るけれども、謎解きの話にはしないということです。ミステリーの傑作が何度も読める理由も、そこなんですね」

 ――72歳の女性から質問です。<90歳で旅立った父のことを書いてみたいのですが、面白く書くヒントを教えてください>

 「書く前に年表を作ってみることをお勧めします。年表を作っていると、それまで考えていなかったような、この事実と事実の間にはつながりがあるのではないか、という想像力が働きます。年表を見ながらお話を作ると割とスムーズにいくんじゃないかと思います」

 ――足利義政を描いた最新刊『銀閣の人』は、文化が軽視されがちな現代と重なります。

 「日本建築のルーツが足利義政にあるということを書こうとしましたが、現代に通じる話にすべきだという思いもありました」

 「本を読んで得られる感銘は『感じる』『思う』『考える』の三つ。僕はその中の『考える』を担当する作家になって、読者と一緒に考えたいと思っています。書くのは歴史に材を取った小説ですが、21世紀を生きる我々にためになるもの、役に立つものを提供したいと思っています」

資料の本に圧倒

 門井さんの仕事場は、大阪府寝屋川市にあるマンションの一室。中に入ると、本棚に並ぶ分厚い本に圧倒される=写真=。歴史年表の本、美術全集、ミステリー関係の事典……。古書店などで、仕事に使えそうな資料を見つけるとつい買ってしまうのだという。「ざっと400~500冊でしょうか。これはごく一部で、自宅の2階なども合わせると、6000~8000冊ぐらいあるでしょうか」。資料を探して自宅と仕事場を往復する時間がもったいないと、書斎と書庫を兼ねた一軒家を建設中という。

エトキ別
 

かどい・よしのぶ 1971年、群馬県生まれ。同志社大文学部卒。2003年に『キッドナッパーズ』でオール読物推理小説新人賞を受けてデビュー。18年『銀河鉄道の父』で直木賞を受賞。著書に『家康、江戸を建てる』『東京、はじまる』『銀閣の人』など。大阪府寝屋川市在住。

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1638506 0 よみうり読書 芦屋サロン 2020/11/19 14:21:00 2020/11/20 18:48:00 仕事場でインタビューに答える作家の門井慶喜さん(2日午後0時59分、大阪府寝屋川市で)=宇那木健一撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/11/20201119-OYTAI50012-T.jpg?type=thumbnail

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