葛藤と愛情父子の機微

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 人気作家と読者をつなぐ「よみうり読書 芦屋サロン」の第48回は、直木賞作家の澤田瞳子さんに掌編小説「夜鳥」を書き下ろしてもらいました。昨年12月2日付朝刊に掲載された掌編小説を基に読者の皆さんから質問や感想を募り、澤田さんに創作の狙いや舞台裏について尋ねました。(浪川知子)

  「夜鳥」のあらすじ

 鞍馬寺の稚児、遮那王が夜ごと寺を抜け出しているという噂がたった。源氏の遺児である遮那王に不審な行動があれば、寺は平家から咎められかねない。寺男の藤次は遮那王を見張るよう役僧に命じられる。

 そこへ藤次の息子で、十数年前に寺を飛び出した松若が、藤次を訪ねてきた。今は平清盛の下人として働く松若は、遮那王に謀反の意志があるかどうか探りを入れに来たのだ。藤次はとっさに遮那王をかばう。

 その夜、藤次は寺から忍び出る遮那王の後を追った。遮那王は天狗が棲むといわれる鞍馬の奥山へ軽々と分け入っていく。

河村道浩撮影
河村道浩撮影

 ――「夜鳥」は鞍馬寺の 遮那王しゃなおう 、すなわち後の源義経の物語です。なぜこの題材を選んだのでしょうか。

 「特に新聞ですし、ありとあらゆる世代が対象で、普段は歴史時代小説に興味がない方も読まれるかな、と思ったんです。“がっつり歴史”ではなく、なるべく歴史の中の人物像に焦点を据える物語にさせていただきました。それを面白がっていただけたとするなら、うれしいなと思います」

 ――読者の方々からは〈この続きが読みたい〉という声が多数ありました。

 「鞍馬寺の遮那王の話はこれで完結ですが、実は『平家物語』をいろんなところで書いていきたい、という野望を持っているんです。平家物語は時代が幅広くて舞台も多いので、一つの小説に収めるのは難しい。いろいろな場面をそれぞれ小説にして、それらが最終的に『澤田版 平家物語』になれば、という遠大な計画です。2018年に出した『龍華記』という小説で、平 重衡しげひら による南都焼き打ちを描いたのがその第1弾。今回はそれに続くものです。時間はかかりますが、少しずつつぶしていきたいと思います」

 ――これまで義経を書いたことはあったのですか。

 「書いてないですね。義経は江戸時代の歌舞伎から今の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』まで、何度も描かれてきた息の長いヒーロー。多くの方に親しまれてきたので、そこにどう取り組むかは悩むところですが、今回は手に取っていただきやすいテーマということで選びました。これまでの小説や映画とは違う描き方をしようと、少年の内面に焦点を当てたんです」

 ――父と子の関係を巡るお便りをいくつかいただきました。60歳代の女性は<親子の葛藤や深い縁が底に流れていて、現代にも通じる永遠のテーマ>とおっしゃっています。80歳代の男性からは、〈遮那王の謀反の意志を教えれば息子の出世がかなうのに、藤次がしなかったのはなぜか〉と質問がありました。

 「親子には100組の親子がいれば100通りの関係性があり、どれが正解とはいえません。ただ、誰もが親になるわけではないけれど、すべての人が誰かの子どもとして生まれてくる。だから子どもという存在には関心を持っています」

 「特に同性の親子の場合、親には子どもに追い抜かれるかもしれないという脅威や悔しさがあり、同時に誇らしさもある。愛情だけではなく、競争心も含めた複雑な感情があらわになるのが同性の親子かな、と。そこへ遮那王という別の少年を関わらせることで、親子の感情にさらなる変化が生じると思いました」

 ――〈『夜鳥』という題名がぴったり。付け方はどうされているのでしょう〉という質問もありました。

 「私はタイトルは一番最後に付けるほうでして。実は元々うまくない、というコンプレックス的なものがあるので、時間はかけるんです。今回は鞍馬寺の夜の光景に関するもので、全体を包括するタイトルで、と考えたのが一つ。あとは私の好きな短編集でフランスの作家モーリス・ルヴェルの『夜鳥』へのオマージュも込めました。連載小説は書き出す前にタイトルが必要だけど、掌編は最後に決められるのがいいですね」

 ――これまでの作品で会心のタイトルというのはありましたか。

 「『星落ちて、なお』(2021年)はうまくはまったかと。デビュー当時からタイトルが下手だと言われ続けてきたので、一度に汚名を返上できたと思うぐらいです。17年に亡くなった作家の葉室麟さんにお説教されたことがあったんですけど、『タイトルは人さまのリビングに本を置いた時、美しいと思えるものでなければいけない』と教えられました。ストレートじゃなく、包括的なタイトルを意識するようになったんです」

 ――過去作への愛着を語ってくださった方もおられます。『泣くな道真 大宰府の詩』(14年)を読んで、〈大宰府に流された人々が、朝廷に反撃もせず亡くなったとされるのがずっと悔しかった。この小説で別の可能性を示していただき、うれしくてうれしくて〉と。

 「左遷された菅原道真が悲哀の内に亡くなったというのは、京都を中心とした中央史観ですよね。京都は確かに都だけれど、大宰府だって当時の西の都だったし、町は栄え、海外との交流の窓口でもありました。道真も落ちぶれて失意のままに死んだとは思えなかった。この小説で中央史観を少しでも覆せたなら、書いてよかったと思います」

 ――最新作の『輝山』は江戸後期の石見銀山で働き、短い命を燃やし尽くす人々の物語です。

 「分かりやすい悲劇ではなく、前向きに生きた人間たちの物語を描きたかった。いつかは死ぬけれど、だからこそ今を一生懸命に生きる。その点では彼らも私たちも同じ、というメッセージになったと思います。銀山で流行した疫病についても作中で書きましたが、疫病は歴史上、驚くほど短いスパンで起きています。我々は近代医学の発展のおかげで長い間経験しなかっただけで、かつての人々は疫病にさらされる日常を送っていたのだと気づきました」

 ――歴史を背景にした小説だからこそ描けることはありますか。

 「日本という国やその文化の成り立ち、日本人とは何か、といったことを遡って考えたいんです。歴史小説なら、それらを物語の形で掘り起こすことができます。例えば『日本』という国の名前がどのように付けられたのかについては、『日輪の賦』(13年)で探りました。現代人が何げなく使っている言葉や習慣も歴史を遡ればその本質が見えてくる。私の歴史小説の根底にあるのは現代に対する興味なんです」

  お気に入りの場でインタビュー

読売新聞オンライン
読売新聞オンライン

 京都在住の澤田さんが執筆の合間に時々訪れるという、お気に入りの場所が京都文化博物館(京都市中京区)。読売新聞オンラインには、博物館前でのインタビュー映像=写真=もある。

 初めて訪れたのは小学6年の時。当時はオープン間もない頃で、通っていた塾の先生が連れてきてくれた。博物館の面白さを知り、常設展や企画展に何度も足を運んだという。

 別館は重要文化財に指定された近代洋風建築。周辺には院政期や保元平治の乱にまつわる史跡が点在し、散策すれば歴史を身近に感じられる。「史料を通じて、知識でしか知ることのできない古代の距離感がどのくらいか、といったことが肌感覚で分かります。土地の空気が心身にしみ込んでいるのでしょう」と京都に住む利点を語る。

  さわだ・とうこ  1977年、京都市生まれ。同志社大大学院で仏教制度史を研究し、2010年に『孤鷹(こよう)の天』でデビュー。16年『若冲』で親鸞賞、20年『駆け入りの寺』で舟橋聖一文学賞、21年『星落ちて、なお』で直木賞を受賞した。ほかに『火定』『落花』『輝山』など。

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2708136 0 よみうり読書 芦屋サロン 2022/01/27 15:00:00 2022/01/27 15:00:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2022/01/20220127-OYTAI50010-T.jpg?type=thumbnail

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